「どうするんや、来年」 日本S帯同も“蚊帳の外”…闘将の一言で察した戦力外

元中日・鈴木孝政氏【写真:山口真司】
元中日・鈴木孝政氏【写真:山口真司】

鈴木孝政氏は1988年の日本シリーズに帯同も、一度もベンチ入りがなかった

 現役生活の晩年はどうしても悔しい思い出の方が多くなる。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏はプロ16年目の1988年、屈辱的な気分を味わった。その年、星野仙一監督率いる中日はリーグ優勝を成し遂げ、西武との日本シリーズに臨んだ。シーズン成績が4勝3敗の鈴木氏はシリーズの登録メンバーに入ったものの出番なし。敵地・西武球場にも帯同しただけ、ベンチに1回も入らずに終わった。

 鈴木氏は「あの時は登録されたのに、上がり(ベンチ外)だったもんねぇ……」と無念そうに話した。「相手の(西武監督の)森(祇晶)さんは、このシリーズは第4の投手がカギを握るって俺を警戒していた。新聞で見た。俺としてはうれしかったね。自分でも4戦目くらいかなっていうのがあったしね」。しかし、出番さえなかった。

 ナゴヤ球場で始まった初戦の中日先発は小野和幸投手(1-5で敗戦)、2戦目は小松辰雄投手(7-3で勝利)。舞台を西武球場に移しての3戦目は山本昌広投手(3-4で敗戦)、4戦目はレギュラーシーズン6勝6敗の左腕・杉本正投手だった(0-6で敗戦)。中日は小野投手が再び先発した5戦目に延長11回6-7でサヨナラ負けして、シリーズ敗退となった。

「1戦目上がり、2戦目上がり、ゲーム見学。で、所沢に移動した。練習で(投手コーチの)池田(英俊)さんが『孝政、投げる?』っていうわけ。練習に投げるかってね。『池田さん、俺はどうなっているんですか』って聞いたよ。そしたら『わしゃ知らん。監督に聞いてくれ』。もうそれでわかった。使う気がないんだってね。ずっとこの扱いか、はぁ、そうだったのかってね」

「もう1年」鈴木孝政氏の言葉に星野監督は「来年はお前の好きにしていい」

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