球団フロントを一喝「給料を上げてやれ」 日陰の扱いが今や…闘将が変えた“救援”の評価|球界群像 鹿島忠#8
中日監督時代の星野仙一氏【写真:共同通信】鹿島忠氏は星野中日1年目の1987年途中から中継ぎに回った
昔は中継ぎ投手の立場は決して良くなかった。中継ぎに回ると「降格」と言われるなど、先発、抑えよりも明らかに格下という感じだった。野球評論家の鹿島忠氏は元中日の中継ぎエース。だが、当時でもその役割に就くことに全く抵抗はなかったという。むしろ誇りを持って取り組み「何が何でも先発に戻りたいって気持ちもなかったね」。やりがいがあった。目標があったからだ。その裏には中日・星野仙一監督のバックアップが大きく関係していた。
現在のオールスターファン投票には中継ぎ部門がある。リリーフ投手を評価するホールドもある。今ではすっかり当たり前のことだが、鹿島氏が先発からリリーフに配置転換となった1987年はいずれもなかった。その上、ハードな仕事だった。「今みたいに1イニング限定みたいなものなんて、あるわけなかった。(打たれなかったら)自分に打順が回ってくるまでオートマチックでマウンドに行っていたからね」。
リリーフが回をまたいで登板するケースが少なくなった現在とはまるで違う。当時のリリーフは「回またぎ」なんて当たり前だった。そもそも、その部分に注目が集まってなかったので「回またぎ」なんて用語もほとんど使われていなかった。
元中日・鹿島忠氏【写真:山口真司】中継ぎのポジションを「確立させようと思っていた」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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