陥った負の流れ「どんどん打たれていく」 膨れ上がる借金も…オフに告げられた“昇格”|球界群像 川尻哲郎#14
阪神時代の川尻哲郎氏【写真提供:産経新聞社】元阪神・川尻哲郎氏は亜大の同期、燕・高津との投げ合い制し完封勝利
元阪神サイドスロー右腕の川尻哲郎氏にとって、プロ3年目の1997年は苦しいシーズンだった。1年目に8勝、2年目に13勝と白星を積み重ねたのが一転して、5勝14敗と散々な数字に終わった。「投げても投げても、なかなか勝てなかった年でしたね」。そんな中、思い出の1勝をマークしたのもこの年だ。亜大時代の同期、ヤクルト・高津臣吾投手(現ヤクルト監督)との先発対決に投げ勝った。
1985年に阪神を日本一に導いた名将・吉田義男氏が3度目の監督に就任した1997年、川尻氏は開幕投手を務めた。「湯舟(敏郎)さんが開幕だったんですけど、雨で流れたんですよ。それで(スライドせずに)僕が開幕になっただけなんですけどね」。4月5日の広島戦(広島)、結果は6回2/3を3失点で敗戦投手になった。試合は1-3だった。そこから3試合連続で黒星。それが悪い流れの始まりだった。
シーズン初白星は4月30日の巨人戦(東京ドーム)、6回1/3を2失点でトンネルを脱出した。思い出の勝ち星は、その次の2勝目だ。5月18日のヤクルト戦(甲子園)で8安打完封勝利。初回に3番・新庄剛志外野手が4号ソロを放ち、その1点を守り切っての1-0だった。いつも以上に気合も入っていた。相手先発が亜大同級生の右腕・高津だったからだ。「高津は別に僕のことを何とも思っていないだろうけど、こっちとしては絶対に負けられない気持ちだった」。
3年目は5勝14敗2セーブ、防御率3.92…背番号「41」から「19」に
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜川尻哲郎編〜
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