“許せなかった”阪神からの戦力外 ビールかけも固辞…直後に決まったパ・リーグ移籍|球界群像 川尻哲郎#19
阪神時代の川尻哲郎氏【写真提供:産経新聞社】川尻哲郎氏は阪神が優勝した2003年オフに近鉄へ移籍
1990年代の阪神の低迷期を支えたサイドスロー右腕・川尻哲郎氏はプロ9年目、奇しくも阪神がリーグ優勝した2003年オフに近鉄に移籍した。左腕・前川勝彦投手との1対1の交換トレードだった。「(阪神から)『来年(2004年)契約しない』という話があったので、どこか移籍できるところを探してくださいと言ったんです」。事前に大阪・北新地のバーでの近鉄幹部との“面接”を経て決まったという。
阪神が星野仙一監督体制になった2002年、川尻氏は開幕を2軍で迎えた。4月中旬に1軍昇格も、リリーフで2試合に登板しただけで2軍にUターン。「そんなに調子が悪かったわけではなかったんですけど、若い藤田太陽とか(藤川)球児とかを使い出したりして、僕の出番がなくなってきたと思う。2軍では抑えていましたけど、圧倒的な力がないと1軍は抑えられない。僕は首脳陣にその力がないと判断されていたんじゃないですかね」。
1軍復帰は7月に入ってからで先発で起用された。「チームが勝てなくなってきて川尻を呼ぼうか、みたいな。たぶんそういうことだと思いますけどね」。意地を見せた。8月1日の横浜戦(甲子園)では8回無失点でシーズン1勝目。8月31日のヤクルト戦、9月7日の横浜戦(いずれも甲子園)では2試合連続で1失点完投勝利をマークするなど、5勝を挙げた。4敗を喫したが、ほぼゲームは作った。防御率は3.02だった。
しかし、そんな後半の頑張りも翌2003年シーズンにはつながらなかった。メジャー帰りの伊良部秀輝投手や日本ハムからトレードで下柳剛投手が加入。川尻氏の出番は大幅に減った。「新しい戦力も出てきて、自分はもう呼ばれる立場じゃないなってわかっていましたよ。やっぱり監督や球団の考えというものがありますからね」。
2003年に阪神優勝も…ビールかけなど祝勝会に不参加
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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