日本代表選出直後に絶望「力入らない」 腕上がらず全欠場…カナダで待っていた“悪夢”|球界群像 熊野輝光#8
オリックスや巨人で活躍した熊野輝光氏【写真:山口真司】元阪急・熊野輝光氏、日本楽器1年目は三塁レギュラーで活躍
1985年のパ・リーグ新人王に輝いた元阪急外野手の熊野輝光氏(四国IL・香川オリーブガイナーズ監督)は中大から日本楽器(現ヤマハ)に進んだ。社会人1年目(1980年)から三塁レギュラーで活躍。2回戦敗退の2年目の都市対抗野球大会では2試合連続本塁打を放ち、カナダで開催されたインターコンチネンタルカップの日本代表にも選出された。だが、カナダまで行きながら右肩痛発症で出場できずじまい。治療行脚の苦しい時期があったという。
中大では遊撃手からスタートし、3年時に三塁転向、4年時には外野を守っていた熊野氏だが、1980年に日本楽器入りしてから再び、三塁手となった。「(中学、高校、大学の監督に続いて)僕の4人目の恩師である(日本楽器監督の)川島(勝司)さんに、サードをやらされた。毎日、ノックしてもらいました。練習は厳しかったですよ。大学の時は全然やっていなかったけど、社会人はやるんでね、だんだん、それなりによくなっていったと思います」。
静岡・浜松市の日本楽器では生産管理部に勤務。「ピアノを月に何台作るとか、そういうのを管理する部。仕事は午前中だけで、午後は野球部の練習ですけどね。寮は本社の近くにあるので歩いて出勤し、昼食後、寮に戻って着替えて、天竜川の方にあるグラウンドまでバスで行く。40分くらいかかったかな。それで練習して帰ってくるという感じ。大会になれば別ですけど、基本的には日曜日が休み。日楽には中大出身のえらいさんがいたり、チームにも溶け込みやすかった」。
「ごっついバキバキって壊れるみたいな感じでやられ」奇跡の回復
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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