好調の助っ人にイラ立ち「頭に来ていた」 “怠慢”走塁も…離脱後に成績向上|球界群像 栗橋茂#16
元近鉄・栗橋茂氏【写真:山口真司】 キャリア最多32本塁打の裏で…4番マニエルが“悪影響”
勝負強い打撃に定評があった元近鉄・栗橋茂氏(藤井寺市・スナック「しゃむすん」経営)は、プロ6年目の1979年にキャリアハイの32本塁打を放って、近鉄球団初のリーグ優勝に貢献した。だが、広島との日本シリーズでは不振だった。第7戦(11月4日、大阪)で近鉄が1点を追う9回裏に無死満塁と攻めながら、広島守護神・江夏豊投手に封じられた“江夏の21球”の時も、前の回で代打を出されてベンチに退いていた。「何か打つのが嫌になっていた」と話した。
1979年の栗橋氏は前期12本塁打、後期20本塁打の計32本塁打をマークしたが、調子には結構、波があった。この年にヤクルトからトレード加入の“赤鬼”チャーリー・マニエル外野手が開幕から4番で打ちまくったが、その時は不調モードだったという。「マニエルが打つから意識するんだよね。それ以上、打とうとすると、しんどくなるんだよ。やっぱり力が入っていたよね」。
主にマニエルの後の5番打者で起用されたが、打席でのリズムも悪かったそうだ。「マニエルは、1アウトサードで、カウント3ボール、ノーストライクになって、俺が歩け、歩けって思っていたら、届くところは(犠牲フライなどで)打点を取りに行くからね。すると2アウトランナーなしとかになって……。マニエルがセカンドランナーで俺が打って、ヨッシャーと思ったらサードで止まっていたりとかもあったし、結構頭にも来ていたんだよね」。
6月9日のロッテ戦(日生)でマニエルはアゴに死球を受けて一時離脱。チームにとっては大打撃だったが、実際、栗橋氏はその頃から調子を上げていった。ところが、前期の終盤6月24日の南海戦(藤井寺)から後期2試合目・7月7日の西武戦(西武)まで5試合連続無安打とまた苦しい時期がやってきた。「あの時は(近鉄監督の)西本(幸雄)さんがスポーツ紙に『栗橋はプロじゃない』ってコメントしたんだよね。で、そこからまた打って……」。
“江夏の21球”の前に交代…日本S7戦で18打数2安打
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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