「巨人はちょっと…」17歳の“本音” ドラ1候補も確約ナシ、パ球団の指名に困惑|球界群像 太田幸司#12
元近鉄・太田幸司氏【写真:山口真司】 甲子園で一躍注目の太田幸司氏の進路が大きな話題に
青森県立三沢高出身で元近鉄投手の太田幸司氏(野球評論家)は1969年、社会現象にまでなった「コーちゃんフィーバー」の“主役”だ。端正な顔立ちに松山商との夏の甲子園決勝延長18回0-0再試合での大熱投なども重なって大ブレークし“大学か、プロか”での進路問題でも大いに注目された。当時、口には出さなかったが、プロなら意中の球団があったという。それは子どもの頃から大ファンの巨人ではなく、阪神だった。
1969年の夏の甲子園で完全に火がついた太田氏人気は、大会後も継続した。最大の注目はアイドル右腕の次なる進路だった。大学なら東京六大学行きを希望していたが、プロ入りを勧める声もあり、悩みに悩んだそうだ。報道陣からの質問もこの問題に集中したが、本当に決めていないのだから答えようがなかった。そんな時に、太田氏は日大のセレクションを受けたという。それは高校3年最後の夏前などに、臨時指導をしてもらった日大・河内忠吾監督との縁でのことだった。
「別に日大に入るとかじゃなくて、河内監督に『ちょっと1回遊びに来いよ』と言われて、監督の家に泊らせていただいて、全国から来る選手がどんなレベルか、見にいくという感じだったんです。日大も強いチームなのでね」。当然の如く、これまた大騒ぎになった。「三沢高と日大の関係も知られていたので“太田は日大に行くのかぁ”となってねぇ。日大に行く気はあまりなかったのに……」。何か太田氏がアクションを起こしたらすぐ反応が出る。そんな状況のまま11月20日のドラフト会議を迎えたという。
「その強い巨人に僕が行っても…」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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