誰もが予想できぬ“最後の勝利” 復活信じた女性ファンも…ボロボロの元ドラ1「今だったら」|球界群像 太田幸司#23
近鉄時代、リリーフでマウンドに上がった太田幸司氏(右)【写真提供:産経新聞社】元近鉄・太田氏が苦しんだ右肩痛との戦い
甲子園で人気を集めた元近鉄ドラフト1位右腕、太田幸司氏(野球評論家)のプロ野球人生は、プロ10年目の1979年10月に右肩痛を発症させてから暗転した。11年目の1980年は14登板(3先発)で0勝4敗、防御率10.66と不本意な成績。それが苦悩の始まりだった。「肩以外は大丈夫だったんですけどね……」。恩師の近鉄・西本幸雄監督が勇退した1981年はわずか1登板(1先発)の0勝1敗に終わった。
1979年10月9日の南海戦(大阪)で5回無失点投球。その試合でマークした通算58勝目となるシーズン7勝目が、太田氏の現役ラスト勝利になるとは、当時は誰も予想できなかったはずだ。その白星後、阪急とのプレーオフに向けての練習スタートの朝に右肩痛を発症。無念のリタイアにはなったものの、治療すれば、また元に戻ると女性ファンをはじめ、誰もが信じていたことだろう。だが、現実は厳しすぎた。
「治療は鍼を打ったり、電気を当てたりとか……。今だったら、機械で見るとかでしょうけど、そういう時代じゃなかったしね。『鍼とかをやっていれば、年を越したら大丈夫だろう、次のキャンプはOK』なんて言われたし、僕もそういうつもりでいたんですけどね」。1980年になって、再び投げられるようにはなった。だが、完全に元には戻らなかった。「自分では同じような球を投げているつもりでも、やっぱり……」。
元近鉄・太田幸司氏【写真:山口真司】日本シリーズ後の“消化ゲーム”に登板「そのくらいの立場に下がっていた」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜太田幸司編〜
洗顔で気づいた右肩の“悲鳴”「もう駄目」 日本S直前の悲劇「いっぺんにプチーンと」|球界群像 太田幸司#22
原因不明のスランプで泥沼「何がどうなったのか」 完封後に8連敗…ドラ1が手放した“居場所”|球界群像 太田幸司#21
OP戦絶好調で「いつ声がかかるのか」 開幕投手はお預け…自己最高も忘れぬ初登板の“洗礼”|球界群像 太田幸司#20
初の2桁も「大して上がらなかった」 チーム低迷で渋かった契約更改…超人気ドラ1の悲哀|球界群像 太田幸司#19
“肩重い”発言にまさかの返答「何gか量ってこい」 連投先発当たり前…忘れぬ昭和の酷使|球界群像 太田幸司#18
人気先行で「組織票かな」 2軍調整中に球宴選出…「もう嫌」を変えた夏の甲子園|球界群像 太田幸司#17
ファン投票1位は「辛かった」 ドラ1が陥った“精神崩壊”…2年間1勝で一転バッシング|球界群像 太田幸司#16
ダウン提示でサイン「お前はアホか」 わずか1勝で球宴選出…噛み合わぬ“人気と実力”|球界群像 太田幸司#15
ボロボロの寮…試合後に女性が侵入「追い出して」 ドラ1入団も絶望感、夜に響いた叫び声|球界群像 太田幸司#14
阪神なら「潰れていたかも」 想定外のパ球団1位…ドラフト目玉が悩み抜いた15日間|球界群像 太田幸司#13