OP戦絶好調で「いつ声がかかるのか」 開幕投手はお預け…自己最高も忘れぬ初登板の“洗礼”|球界群像 太田幸司#20
近鉄で活躍した太田幸司氏【写真:山口真司】OP戦は無失点投球→初登板で6失点「ちょっと点を取られておけば」
元近鉄右腕の太田幸司氏(野球評論家)がキャリアハイの12勝をマークしたのはプロ6年目の1975年だ。この年はオープン戦で絶好調だったが、4月は1勝3敗。それを5月に5勝0敗1セーブで盛り返した。その裏にはもはやおなじみの昭和ならではの“登板過多”も……。「5月頃には15勝は絶対行けると思っていたんだけどねぇ……」。球宴では「赤ヘルブームの火付け人となった」と言い、近鉄の後期優勝でビールかけも初体験。いろいろあったシーズンだった。
プロ6年目の太田氏は波に乗っていた。前年(1974年)に初の2桁10勝を挙げたことで自信も増したのだろう。「確かオープン戦は19イニング無失点だったと思いますよ。周りは“太田幸司、初の開幕投手かぁ”って……。僕も、いつ声がかかるのかと待っていたんですけどね」と笑いながら振り返った。大エースの鈴木啓示投手が故障などもあって出遅れており、太田氏の開幕投手が噂されたわけだが、実際に指名されたのは左腕・神部年男投手だった。
太田氏のシーズン初登板は開幕3戦目、4月6日にダブルヘッダーで行われた阪急戦第2試合(西宮)の先発だった。「やられたんですよね」。加藤秀司内野手、大橋穣内野手、B・ウイリアムス外野手に一発を浴びるなど、2回6失点でKOされた。敗戦投手となり「オープン戦でちょっと点を取られておけばよかったわって言ってねぇ」と苦笑しきりだ。
15勝確信も12勝“止まり”…9月に3試合連続完投で後期優勝に貢献
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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