ファン投票1位は「辛かった」 ドラ1が陥った“精神崩壊”…2年間1勝で一転バッシング|球界群像 太田幸司#16
近鉄時代の太田幸司氏【写真提供:産経新聞社】甲子園のヒーロー、太田孝司氏のプロ1年目は0勝1敗
追い込まれた。元近鉄右腕の太田幸司氏(野球評論家)にとってプロ2年目(1971年)は大試練のシーズンだった。三沢高時代に甲子園を沸かせた超人気者として注目を集めながら、この年は14登板で0勝1敗、防御率6.84。シーズン途中からは「どう投げていいのか、わからなくなった。ちょっと精神的にヤバい状況だった」とのことで、完全に自信喪失。「オフには野球を辞めようと思った」という。
プロ1年目(1970年)の太田氏は1勝4敗ながら、リリーフでも先発でも、大崩れした試合は少なかったし、2年目の成長が期待される内容だった。1年目のオフに退寮し、一戸建てを購入、青森から両親を呼び寄せての新生活をスタート。やる気満々だったが、逆の目が出た。勝ち星は1勝より下のゼロ。「あの年は僕の野球人生で一番の大きな危機というか、途中で何かイップスみたいな感じになりましたからね」。躍進どころか、大きく後退した形になった。
シーズン初登板は開幕7戦目の4月18日の南海戦(日生)で、3-14の9回に4番手で投げて1回無失点だったが、4月22日の西鉄戦(北九州)では先発して5回1/3、4失点で敗戦投手。その後もピリッとしないケースが目立った。この年、2度目の先発となった6月19日の南海戦(日生)では0/3回で3失点。「フォアボールでしょ」と太田氏は言うように、初回にいきなり3連続四球を与えて降板となった。
「怪我とかじゃないですよ。(首脳陣に)“あー、これは無理だな”と判断されたってことでしょう。もうホント、どう投げればいいか、わからなくなっていましたから。技術的というより、精神的にちょっと……。1年目はそこそこやっていけたのが、いけなくなったことでね」。シーズン前半の太田氏の登板はそれが最後で再調整となったが、そんな状態でもオールスターゲームに2年連続ファン投票で選出された。
元近鉄・太田幸司氏【写真:山口真司】 マスコミも掌返しの「人気先行」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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