「1年をベンチに入れるな」 エースが監督に直談判…“屈辱”が招いた口論「冗談じゃない」|球界群像 杉本正#5

西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】

西武など3球団で活躍した杉本氏が感謝する高校時代の恩師

 野球評論家の杉本正氏(元西武、中日、ダイエー投手)は、静岡・御殿場西2年秋から、エース兼3番打者として活躍した。シュアな打撃に、左腕から繰り出す安定感のある投球。「ホームランはなかなか打てないけど、ヒットは結構、打ちました。投げても2、3失点で終わる試合が多かったです」。カーブを武器に急成長したが、これは飯尾誠監督のおかげだという。「監督とはよく喧嘩しましたけどね」と笑みを浮かべながら振り返った。

 4回戦で負け、2年夏の静岡大会は幕を閉じた。新チームで杉本氏は背番号1のエースになったが、3番打者を務めた打撃力も抜きん出ていた。「田舎だったんで、練習試合とかは、弱いところとしかやってないんですけど、2年秋の打率は4割あった。僕は全部スコアをつけていたんでね。その時期、三振はひとつもしていなかったと思います。打つのはなんか良かったんですよ」。

 安打製造機ばりの活躍で自信をつけた。「3年生の春の地区大会だったかな。その時に三振したんですけど、もうえらいショックでしたからね」と笑ったが、投手としても力をつけていった。とにかく監督に鍛えられたという。「高校生の時の投球練習の一応のノルマは、月、火が300球。水曜日は何もしなくていいんですが、木、金は200球でした。そして、土日は練習試合で投げるわけです」。

 なかなか過酷な“闘い”だった。「まともに300球投げると2時間はかかりますからね。監督が付きっきりでいるときもあるんですけど、そのうち居眠りをし始めるわけですよ。そんな時に大きな声で『今、250球です』とか言って、ごまかしたりはしましたけどね」。ただ投げるだけではない。「30球投げたらグラウンドを1周。それを10セットとか……。あれが一番きつかったですね」とも話した。

「3年生になっての練習試合でダブルヘッダー。1試合目は僕が投げるわけです。大体、投げたら完投させられて、次はセンターを守れとかになるんです。それで、フライが捕れずにエラーしたら、じゃあ交代、ピッチャーでいけとまた投げさせられたり……。あの頃はどんな試合でも投げていたんじゃないかなぁ。そういうのもあって投げることに関してはあまり抵抗感がなくなりましたけどね」

 高校時代から杉本氏の武器になっていたのがカーブだ。「中学で軟式の時は、捻って投げていたんですけど、飯尾監督から、当時の表現でいえば、手を返すようにして投げろと言われて練習しました。最初はブルペンの屋根を越えていく時もあったんですけど、毎日やらされたら、だんだん投げられるようになったんです。それを覚えたら、あとは角度をちょっと変えれば、曲がる角度も、落ちる角度も変わるんでね」。

 カーブを使えるようになったのは大きかった。試合では奪三振が増えた。「タテの落差のあるカーブ。昔でいうドロップみたいな。高校生ではなかなか簡単には打たれなかった。カーブを覚えることができたのは監督のおかげだと思います。高校野球経験者ですけど、監督になるまでは沼津の女子高のテニス部を指導していた人なんですけどね」と、杉本氏は恩師に感謝したが、よく喧嘩もしたという。

壮行会で監督に懇願「2年生をベンチに入れてください」

「いつだったか合宿の時に新しいグラブを監督に頂いたんです。それで、アメリカンノックを受けて捕れなかったんです。『いいグラブを持っているのに捕れないのか』と言われたのでカチンときて『きれいに磨いてお返しします』って返すとえらい怒られました。3年生になり、1、2年が朝早くに行っているグラウンド整備に行かなかったら『自分のマウンドも守れないのか。早く帰っていいから、朝早く来い!』と言われて『冗談じゃないです!』って監督室の小屋みたいなところで言い合ったこともありましたね」

 1年夏にベンチ入りしたにもかかわらず、壮行会で監督から『杉本を試合で使うつもりはない』と全校生徒の前で言われてショックを受けた経験があった杉本氏は自身が3年生の時の壮行会前には、監督にやり返した。「オリックスと巨人でキャッチャーをやった藤田(浩雅)が、僕が3年の時の1年で、夏にベンチ入りしたんです。僕は自分の1年の時のことがあるので、監督に『1年生(藤田)をベンチに入れないでください。外してください』と言いに行きました」。

 その時も言い合いになったという。「監督が『なんでだ!』っていうから『僕は1年の時の壮行会で監督に言われたことは今でも残っています。だったら1年生にユニホームを着させないで、2年生をベンチに入れてください』と言いましたよ。怒られましたけどね。まぁ、高校の監督にはけっこう言いたいことは言っていましたね」。血気盛んな若かりし頃を思い出しながら杉本氏は苦笑しきりだったが、この飯尾監督こそが、その先の“進路”に影響を与える人にもなる。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜杉本正編〜

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