過酷な登板続いた「使い捨て」の日々 長嶋一茂に被弾で大目玉「誰に打たれているんだ!」|球界群像 米村明#19

ヤクルト時代の長嶋一茂【写真:産経新聞社】ヤクルト時代の長嶋一茂【写真:産経新聞社】

1988年に中日がリーグ優勝、ブルペンを支えた米村氏

 過酷なフル回転だった。元中日左腕の米村明氏はプロ4年目(1988年)に7勝を挙げてリーグ優勝に貢献した。先発でもリリーフでも投げた。武器のパームボール多投が要因で左肘痛に苦しみながら、登板に関わらず、毎日ブルペンで準備していたという。「僕と鹿島(忠投手)はそうです。いつも“作っとけ”ですよ。まぁ、そういう時代でしたけどね」。ある首脳陣からは辛辣な言葉も浴びたが、力を振り絞った。

 米村氏にとって1988年は忘れられないシーズンだ。開幕3戦目の4月10日の大洋戦(ナゴヤ球場)でのリリーフを手始めに、30試合に投げて7勝4敗、防御率3.38。星野仙一監督率いる中日のリーグ優勝のために尽力した。「先発ローテーションにも入ったけど、リリーフもやらなければいけない。勝ちゲームとかになったら『おい、米村、行け』ですからね。まぁ、肩を作ったら3万円とかブルペンポイントというのもあったんですけどね」。

 コンディションは万全ではなかった。「(武器である)パームボールは肘への負担が大きい」と左肘痛とも闘いながら投げ続けた。「僕と鹿島はブルペンに1回から9回までいるわけですよ。明日先発という時でも9回までいるんですよ。で、なんかあれば『鹿島、米村つくっとけ!』ってなるんです。何回作らせるんだって思いましたけど、当時はそれも当たり前、そういう時代だったんです」。

 先発と抑えに比べて、中継ぎの立場がまだ確立されていない頃。いまと違い、酷使も普通にあった。先発をやりながら、中継ぎもこなした米村氏は、とにかく必死だった。首脳陣からは辛辣な言葉で尻も叩かれたという。「『お前らに(ベンチ入り免除の)“上がり”があるわけないやないか。使い捨て、使い捨て。100円ライターや。代わりはいくらでもおるんや』ってね。よくそんなことを言われましたよ」。

 1988年の中日は、7月1日の大洋戦(平塚)から7日の巨人戦(札幌円山)まで6連敗を喫した。米村氏は5連敗目の6日の巨人戦(札幌円山)に先発。吉村禎章外野手、原辰徳内野手、呂明賜外野手の3、4、5番に3者連続本塁打を許した。「槙原(寛己投手)が(1985年に)阪神のクリーンアップにバックスクリーン3連発を食らったけど、僕はライト、センター、レフトに打ち分けられました」と苦笑しながら話したが、周囲の目は厳しかったに違いない。

元中日・米村明氏【写真:山口真司】元中日・米村明氏【写真:山口真司】

“出直し練習”の翌日から連勝、8月は15勝をあげる快進撃

 そして中日の快進撃はその6連敗後から始まった。「札幌から名古屋に戻ってチーム全体で走ることからやり直しとなった。ポールからポールを10往復とかね。あの時の名古屋は暑かったですね。6連敗して星野さんにコーチ陣が『明日からどうするんや、練習メニューを持って来い』と言われて『走ることから』となったと聞きました。星野さんは『お前らが考えることはその程度か』って言ったらしいですけどね(笑)。でも、そこからですもんね」。

“出直し練習”の翌日から中日は6連勝、1敗、また6連勝と白星を重ねた。その勢いで突入した8月は15勝5敗3分。首位を快走し、リーグ優勝を成し遂げた。米村氏も屈辱の3連発被弾から中3日で7月10日のヤクルト戦(ナゴヤ球場)に先発し、7回1失点で5勝目。さらに中5日で先発した16日の阪神戦(甲子園)では6回1/3、2失点で6勝目を挙げるなど、奮投した。そこには、もしかしたら100円ライターになってたまるか、の思いもあったのかもしれない。

 後半戦最初の登板となった7月31日のヤクルト戦(神宮)では初回に小川淳司外野手と池山隆寛内野手に一発を浴び、2回にも7番打者の長嶋一茂内野手に被弾し降板。「星野さんに『お前、誰にホームランを打たれているんだ! このボケぇ!』と言われて『すみません』って言った記憶はありますけどね」と苦い出来事になったが、そこでもまた立て直した。「結構、頑張ったと思いますけどね……」。この次の登板で、米村氏は史上初となる毎回被安打での完封勝利を達成することになる。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜米村明編〜

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