逸材が突然「中日には行きたくない」 実った説得…エース誕生の裏にあった“駆け引き”|球界群像 米村明#23

中日で活躍した吉見一起【写真:荒川祐史】中日で活躍した吉見一起【写真:荒川祐史】

元中日の米村氏が明かすスカウト秘話、獲得を熱望した吉見一起

 元中日左腕の米村明氏は1991年に現役を引退し、1992年からの高木守道監督体制下でサブマネジャー兼打撃投手を務めた。その後、打撃投手チーフとなり、第2次星野仙一監督体制となる1996年からは「裏方チーフ」としてチームを支えたが、2001年オフに大阪駐在スカウトに転身した。最初に目に留まったのは金光大阪の吉見一起投手(元中日)。「こいつは行けると思って中田(宗男)スカウト部長に『1位で』と言ったんですけど……」などと回顧した。

 米村氏は引退後も中日に残り打撃投手などを務めたが、早い時期から編成部に「スカウトをやらないか」と誘われていたという。PL学園、中大、河合楽器出身で、アマ球界の人脈なども豊富だったからだろう。自身も現役時代から左肘痛に苦しんでおり、その気にならないわけではなかったが、なかなか実現しなかった。1996年から監督に復帰した星野氏が首をタテに振らなかったからだ。

「星野さんは『アイツを(編成部に)渡すわけにはいかん。アイツはアカン。投げれんでもええからチームに置いとかなアカンんのや』と言っておられたみたいです。その話を聞いて嬉しかったですよ。僕は星野さんに『お前、裏方チーフをやれ』と言われて、1軍に帯同し、みんなをまとめる役割を全部、任されていましたからね」。米村氏は意気に感じて裏方チーフの仕事に励んだ。そして星野氏が中日監督を退任した2001年のオフに編成部入りとなった。

「それまでチーフ(スカウト)をやられていた中田さんが部長になられて『関西に来い、PL(学園)を見とけ』って言われました」。まず、米村氏の目に留まったのは2001年秋の大阪大会優勝、近畿大会準優勝の金光大阪のエース・吉見だった。「秋に見たんですけど、こいつは使えるなって思いました」。春のセンバツは1回戦で明徳義塾に4-7で敗戦。吉見は完投しながらも10安打を許したが、その評価は変わらなかった。

「春の(大阪)大会で大阪桐蔭と当たって、確か西岡剛内野手、(元ロッテ、ツインズ、阪神)から3奪三振だったかな。かすりもさせなかったから、これは行けると思って学校に(高評価を)話し、中田部長に『1位で行きましょう』って言ったんです。だけど、これは僕の勇み足でした。『ウチの1位は森岡(良介内野手、明徳義塾)で決まっているやろが』って怒られました。『でも、それやったら吉見は獲られますよ。横浜か何かに』とは言いましたけどね」

元中日・米村明氏【写真:山口真司】元中日・米村明氏【写真:山口真司】

社会人入りで変わった“流れ”、希望枠で獲得に成功

 このままでは吉見は獲れない。「『どうしたらええんや』ってなっていた時に(社会人野球の)トヨタ(自動車)が吉見を獲りに行ったんです。それだったらと思って学校側に『トヨタに行かせてください。で、3年後に必ずウチへ。約束しますから』と話をしたんです」。それで“流れ”が変わった。「トヨタに行っていなかったら横浜が指名したと思います。横浜のスカウトに『お前、いい加減にせい』って言われましたから。僕は素知らぬ顔をしましたけどね」。

 吉見はトヨタ入りしてから右肘を手術。ドラフトイヤーの社会人3年目(2005年)は病み上がりだった。「その年ですよ。吉見は中日のファームの投手を見て自信なくして『中日には行きたくないです』って言ったそうなんです。“中日では出れませんから”みたいなことで……。『吉見がこんなことを言っています』と僕に電話がかかってきたので、すぐ金光大阪に行って(横井一裕)監督に『お願いしますよ。何か本人が自信をなくしています』って言ったんです」。

 それが功を奏した。「(横井)監督は『ちょっと待ってください』と言って吉見に電話してくれたんです。『中日のスカウトがお前のことをどれだけ見ているか、分かっているのか!』とか話をしてくれて吉見も『中日に行きます』ってなったんです」。2005年の大学、社会人ドラフトの希望枠で中日は吉見獲得に成功した。背番号はかつて米村氏がつけた「19」に決まった。

 吉見はプロ3年目の2008年から5年連続2桁勝利をマーク。最多勝(2009、2011年)、最優秀防御率(2011年)のタイトルも獲得するなどエース右腕として大活躍したのだから、米村氏もうれしい限りだった。2020年で引退したが「その年『米村さん、どうしたらいいですか』と聞いてきたので『お前はようやってくれた。お前がKOされて悲しそうな顔をするのを俺は見たくないから、もうやめろよ』と言ったんです。そしたら『米村さんがそう言うなら辞めます』って」。いつまでも忘れられない選手のひとりだ。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜米村明編〜

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