「来年はまた1軍で」の約束も “落合体制”への移行で水の泡…弾き出されたコーチ|球界群像 鹿島忠#13
元中日・鹿島忠氏【写真:山口真司】鹿島忠氏は2001年から3年間、中日の投手コーチを務めた
コーチ業の難しさを知った。元中日投手で野球評論家の鹿島忠氏は2001年から2003年まで中日投手コーチを務めた。1年目は1軍ブルペン、2年目は1軍のメイン、3年目は2軍サブ担当と毎年、立場は変わったが、とても勉強になったという。「3年目は1か月間、アメリカに外国人投手の調査にも行かせてもらったからね」。もっとも、この時の調査が中日球団の補強に生かされることはなかった。「帰国後、調査書は出さなくていいと言われた」からだ。
2001年シーズン、鹿島氏は恩師の星野仙一監督の下で1軍ブルペン担当として初めてコーチ業に就いた。メインの1軍投手コーチは山田久志氏だった。「仙さんはピッチャーのことは山田さんに任せていた。誰を出すのかも全部山田さんが決めていた」。2002年から、その山田氏が監督になり、鹿島氏はメインの1軍投手コーチになった。「仙さんの時に山田さんがやっていたように、任せるからやれって言われた」。
しかし、鹿島氏はまだ2年目のコーチ。経験豊富な山田氏と同じようにこなすことは容易ではなかった。「責任を取るのは監督。チョイスするのは俺。うまくいかなかったら山田さんに迷惑がかかるから、大変だった。難しかった。先発ローテーションを決めて、これでいいですかと、おうかがいにはいく。そこでは、こうじゃないか、ああじゃないかとなるんだけど、ゲーム中は任されていたので……」。
2003年途中から外国人調査で渡米…体制一新で水の泡に
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜鹿島忠編〜
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