女子高生が旅館に殺到、新聞すら禁止 囲まれたバスで理解…甲子園で生まれた“フィーバー”|球界群像 太田幸司#9
元近鉄・太田幸司氏【写真:山口真司】 元近鉄・太田氏が振り返る「コーちゃんフィーバー」
元近鉄投手の太田幸司氏(野球評論家)は、青森県立三沢高のエースとして、1969年夏の甲子園を大いに沸かせた。快速球で打者を封じていく甘いマスクの右腕に多くの女性ファンが注目しはじめ、1回戦、2回戦、準々決勝、準決勝と勝ち上がっていくごとに人気も急増。決勝の延長18回0-0引き分け再試合の大熱投で「コーちゃんフィーバー」と呼ばれる社会現象まで巻き起こした。太田氏は「旅館に缶詰めで一歩も外に出られなかった」と振り返る。
高校3年最後の夏、太田氏は青森大会からすさまじい投球を連発した。1回戦は板柳に29-0。「チームのモットーは“どんな相手でも全力でぶつかる。絶対手を抜かない”」。その結果でもあった。5回コールドで完全試合(参考記録)、アウトの多くが三振で「後ろから『打たせんかい、暇でしかたないわ』みたいな冗談まで出た。バットに当たってファウルチップになっただけでスタンドがワーと沸いていました」というほどの猛烈スタートだった。
太田氏の勢いは止まらない。3-0で勝利した青森大会準決勝の弘前戦では16奪三振のノーヒットノーランを達成した。盛岡市営球場で行われた青森上位2チームと岩手上位2位チームが争う北奥羽大会準決勝の一関商工戦では11奪三振、1安打完封で5-0。弘前実との青森県同士の対決となった決勝は初回に1点を先行されたが、以降はゼロに封じて3-1で勝ち、1968年夏、1969年春に続いて甲子園出場を成し遂げた。
勝ち上がるたびに女性ファンが増加「外に出られなかった」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜太田幸司編〜
高校球児に「大人が変に気を使っている」 延長18回の伝説を経て…代弁した選手の思い|球界群像 太田幸司#27
飛び交った“誹謗中傷” 屈辱の無期限の活動休止も…甲子園実現に「やってよかった」|球界群像 太田幸司#26
阪神から突然の誘い「どうする?」 栄光のドラ1が黙々とこなした“裏方”…巡ってきた「最後の勝負」|球界群像 太田幸司#25
憧れだったのに…巨人移籍を「断って辞めようかな」 予想外の放出、複雑だった“付属品扱い”|球界群像 太田幸司#24
誰もが予想できぬ“最後の勝利” 復活信じた女性ファンも…ボロボロの元ドラ1「今だったら」|球界群像 太田幸司#23
洗顔で気づいた右肩の“悲鳴”「もう駄目」 日本S直前の悲劇「いっぺんにプチーンと」|球界群像 太田幸司#22
原因不明のスランプで泥沼「何がどうなったのか」 完封後に8連敗…ドラ1が手放した“居場所”|球界群像 太田幸司#21
OP戦絶好調で「いつ声がかかるのか」 開幕投手はお預け…自己最高も忘れぬ初登板の“洗礼”|球界群像 太田幸司#20
初の2桁も「大して上がらなかった」 チーム低迷で渋かった契約更改…超人気ドラ1の悲哀|球界群像 太田幸司#19
“肩重い”発言にまさかの返答「何gか量ってこい」 連投先発当たり前…忘れぬ昭和の酷使|球界群像 太田幸司#18