元巨人大砲に被弾→告げられた“代表落ち” 直後に投球不能、それでも巡り込んだ僥倖|球界群像 杉本正#10
西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】西武などで活躍した杉本正氏は社会人時代にアマ日本代表目指した
大巻き返しだった。1980年の都市対抗野球大会は大昭和製紙(富士市)が10年ぶり3度目の優勝を飾った。その立役者で、最優秀選手賞にあたる橋戸賞を受賞したのが、当時社会人3年目左腕の杉本正氏(野球評論家、元西武、中日、ダイエー投手)だ。1回戦から決勝までの5試合すべてに先発して4勝をマークしたが、これは世界アマチュア野球選手権日本代表メンバーからの落選と左肩故障を乗り越えてのことでもあった。
1980年の世界選手権は8月下旬から後楽園球場などで行われた。日本開催のこの大会に向けてのセレクションには杉本氏も参加した。「僕が社会人2年目(1979年)の秋口に浜松でありました。学生、社会人の有力選手を集めて、70~80人くらいはいたと思う。それで紅白戦とかみたいなことをしてね。その時の1次選考には残りました。で、2次選考が社会人3年目(1980年)の春先に西武球場であったんです」。
そこで東海大4年の原辰徳内野手(元巨人)と対決したという。「キャッチャーは早稲田大から日産自動車に行った有賀(佳弘)さん(元阪急、中日)。あの人がいい加減なサインを出したんですけど(笑)、原さんにホームランを打たれたんです。まぁ、他にも素晴らしいピッチャーが、たくさんいたので、それが理由じゃないとは思うんですけど、結果的に僕はそこでメンバーから外れることになったんです」。
左肩痛から復活後に都市対抗で橋戸賞
評価高めて掴んだドラフト指名
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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