最高の空間は「選手だけでは作れない」 新日本プロレス・内藤哲也が語る野球との共通点【後編】

8月の神宮球場大会で勝利し二冠王座奪還を果たした新日本プロレスの内藤哲也選手【写真提供:新日本プロレス】
8月の神宮球場大会で勝利し二冠王座奪還を果たした新日本プロレスの内藤哲也選手【写真提供:新日本プロレス】

 その強さ、ドラマチックな戦いの軌跡が常にプロレスファンの注目を集め、圧倒的な人気を誇る新日本プロレスの内藤哲也選手。プライベートでは熱烈なカープファンとして知られる内藤選手が野球の魅力について語った、インタビューの後編。自身もアスリートである内藤選手が考える野球のスゴさ、ファンと選手の関係性とは――?

21年ぶりに開催された神宮球場大会で勝利し二冠王座奪還を果たした【写真提供:新日本プロレス】
21年ぶりに開催された神宮球場大会で勝利し二冠王座奪還を果たした【写真提供:新日本プロレス】

一試合一試合が勝負のプロ野球、長いスパンで物語を紡ぐプロレス

――内藤選手から見て、プロ野球とプロレスは共通点があると思いますか?

 うーん……(しばらく考えて)。同じスポーツ選手ではあるけど、やっぱりだいぶ種類が違うのかなと思いますね。プロレスは途中で成績が悪くてもクビを切られることは、なかなかないですよ。ダメならダメで、長いスパンで紡いでいけば、面白いストーリーになることもあるので。

――一方で野球は?

 野球は結果が全て。結果を求めるという意味では、毎年毎年が勝負ですから、気持ちがだいぶ違うんじゃないかな、と。きっと1試合1試合にかける想いが、プロ野球選手はすごく強い気がします。もちろん俺たちプロレスラーも、1試合1試合命を懸けて戦ってます。でも、気の張り方が、野球とプロレスはちょっと違うというか。共通点や似ている部分よりも、違いに気づくことが多いですね。

――ケガとの戦いは同じですね

 プロ野球選手の場合、ケガのケアが細かいですよね。プロレスラーももちろんケアをしていますけど、しない選手は本当にしないので。まあ、俺もしないタイプなんですけど、やっぱり体のケアはすごく大事。その点をプロ野球選手は徹底しているなという印象があります。

――野球選手の中には、“スパイクを右から履く”“登板の朝は○○を食べる”のような、ジンクスを大切にされている方も多いですが、レスラーの皆さんはいかがですか?

 たぶん、リングシューズをどっちから履くとか、リングに入る時にどっち足から入るとか、あるんでしょうけど。俺は、ないですね。むしろ作らないようにしています。作ってしまうと、そうじゃなかった時に、すごく気になってしまうので。たとえば、リングには右足から入ろうと決めているのに、「今日は左足から入っちゃった! どうしよう?」とか。

――コスチューム的なジンクスもないですか? たとえば、勝った時につけていたリストバンドを次も身に着ける、とか。

 ないですね。特に俺がつけているリストバンドは、1試合ですぐ汚れがついてしまうタイプだから、毎回替えていますし。でもきっと、コスチュームに関しても気にしている人は多々いると思います(笑)。さっきも言った、シューズをどっち足から履くとか、リストバンドを付けるのは左手からとか。俺は、あえて作りませんけど。……まあ、いつもやっていることといえば、入場直前ギリギリまで携帯で、カープの試合速報を見ているってことぐらいですね(笑)。

――試合前にカープが大敗していたりしたら、気になりませんか?

 もし大敗していても、「俺が今日、この試合を頑張ったら試合後戻ってきた時に、逆転しているかもしれないな」とか。逆にカープが勝っている時も「俺がいい試合をして勝って戻ったら、リードがさらに広がっているんじゃないか」とか。そういういいモチベーションに持っていってますよ。

2017年8月27日にマツダスタジアムでの始球式に臨んだ
2017年8月27日にマツダスタジアムでの始球式に臨んだ

無観客試合で改めて感じた、“お客様”の存在と声が持つ力

――内藤選手の「俺が試合に勝ったらカープも勝つ!」的な、ファンのエールや声援は、強いエネルギーとして選手に届きますか?

 それは間違いないと思います。たとえば今回のコロナの影響で、プロレスは無観客試合から再開しました。今も会場の3分の1くらいしかお客様を入れられない状態で、しかも“声を出さないでください”というような状況なんですね。そうなってみて改めて、「今までは、すごく楽しい幸せな状況でプロレスをさせてもらっていたんだな」って思ったんです。今までだって、もちろん感謝はしていました。でも今まで以上に、声援に対する感謝の気持ちが増しました。

――声援はありがたいですね

 今後コロナが落ち着いたときに、声を出して声援を送っていただけるようになったら、今まで以上に声援のありがたみを感じながらプロレスができるんだろうなと思います。やっぱり、苦しい時ほど歓声って力になるから。もちろん、イヤなことを言われたりすることもあります(笑)。でも、いつも以上に力を出せるようになったりもするので。やっぱり声援は、すごく力になりますね。

――プロ野球も少しずつ、観客動員が増えてきました

 俺はプロ野球選手じゃないからリング上のことしかわからないですけど。やっぱり最高の空間って、レスラーだけじゃ、リング上だけじゃ作れない。お客様の声や会場の盛り上がりがあってこそなんです。リング上の選手と会場のお客様が一体となって作るのが、最高の空間なんだな、と。コロナの感染対策で様々な規制が増えたことで改めて、お客様の力ってすごく大きいし強いし、必要なものだと思いました。

――内藤選手は、ファンや観客を“お客様”と呼びますが、そこはこだわって使われていますか?

 今はこだわって使っています。昔の俺は、日本全国どこへ行ってもブーイングされたり、ヤジを飛ばされるような選手だったんですよ。そんな状況が、2015年~16年頃(所属ユニットのロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンが動き始めた頃)から、すごく変わったんですね。それで最初は、もちろん感謝の気持ちもあるけれど、「手の平返ししやがって」という悔しさからの皮肉込みで、“お客様”って言い始めたんです(笑)。
でも、今は……うん。やっぱり感謝の気持ちが大きいですね。感謝を込めて、“お客様”って言い方をしています。

――そういえば入場曲『スターダスト』も、“お客様”がコールしやすいよう考えて作られたとか。

『スターダスト』は「将来、内藤コールが起きてくれたら嬉しいな」と思って作ったオリジナルの曲です。「内藤コールに合わせるには、このリズムがいいかな?」とか、リズムにはかなりこだわって、何回も何回も直してもらって。ようやく「これだったらたぶん、内藤コールがしやすいな」ということで完成しました。まあ、もちろん内藤コールなんて何年もなくて、最近になってやっと出るようになったんですけどね。

――野球の応援も魅力の一つですよね

 野球の応援って、すごくリズムに合わせやすいじゃないですか? カープのスクワット応援もですけど、音楽に合わせてみんな一緒に声を出す。そういう一体感ってすごく魅力的だと思うんです。プロレスファン時代、会場に試合を見に行っていた時、何千人何万人がその人を見つめて、曲に合わせてその人の名前を叫んで――。それを受けている選手って、どれだけ気持ちいいんだろう? どれだけ幸せなんだろう? そんなことを思いながら、客席で見ていたんです。だから、そういうコールをしやすいリズムっていうのに、かなりこだわりましたね。

――その『スターダスト』は今、カープのチャンステーマ『攻めろ!』になっていますが、球場で聴いて、いかがですか?

 めちゃめちゃ嬉しいですよ! ただ……。『スターダスト』はカープが先だと思われていたら、悔しいですね。やっぱりカープファンであり野球ファンって言うのは、すごく人数が多いから。「あれ? 内藤、カープの曲パクッてね?」と思われたらイヤだなって不安が、すごくあるんですけど(笑)。それとチャンステーマとして流れた時に、選手がチャンスを活かせないことがあるじゃないですか? そういう時にちょっと責任を感じます(笑)。で、「これじゃ、この曲は来年から使われなくなるんじゃないか?」って不安になることも多くて。だから、カープの選手には、『スターダスト』が流れる時だけは、ちょっと頼むよ! って気持ちで見ています(笑)。

21年ぶりに開催された神宮球場大会で勝利し二冠王座奪還を果たした【写真:山口比佐夫】
21年ぶりに開催された神宮球場大会で勝利し二冠王座奪還を果たした【写真:山口比佐夫】

道が曲がっていたりゴールが少し違っても、目標を決して諦めない

――野球であれば打撃不振やチームの負けが続いたり。内藤選手でいえば、試合をしたくないと思うほど苦しんだ時期のように。長い競技人生で大変な時、スポーツ選手はどのようにしてモチベーションを保っていますか?

 俺は、どんな状況でも諦めないことが重要だと思います。でも、諦めなければ夢がかなうっていう言葉、俺は嫌いです。諦めないだけじゃ、その目標には到達できないですよ。大事なのは、諦めずにその目標をちゃんと見続けることですよね。それはまっすぐな道ではないかもしれない。ちょっと曲がっていたり、もしかしたら新しい目標ができたりして、ゴールがちょっと違ってくるかもしれない。でもやっぱり大事なのは、目標をしっかり見ること。そしてその目標に対して諦めないことが、俺は重要だと思います。

――最後にプロレスでも野球でも、スポーツを愛し観戦している皆さんへ、一言お願いします!

 そうですね……。声を出して応援する方はもちろん、声を出さずにじっと見ている方など、いろんな方がいると思います。でも、さっきも言ったけれど、お客様の力って、選手にとってはすごく大きくて強くて、必要なもの。いつも以上の力を出せるのは、お客様がいるからこそなんですよ。「常に優しい目で見て」なんて言いません。厳しい目でもいいので、応援している選手、チームを信じて見続けてほしいなと思います。
 そして今、コロナの影響で選手もお客様も思いきりスポーツを楽しめない状況だとは思いますが、一緒に乗り越えて今までどおり、いや、今まで以上に楽しめて盛り上がれる状況を作っていきましょう!

<PROFILE>
内藤哲也(ないとう・てつや) 1982年6月22日、東京都・足立区生まれ。身長180cm、体重102kg。AB型。2005年新日本プロレス入門、2006年デビュー。所属ユニットはロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン。2020年1月、IWGPヘビー級&IWGPインターコンチネンタルで史上初の二冠王者に。同年7月その座を奪われるも、8月29日、21年ぶりに開催された神宮球場大会で勝利。二冠王座奪還を果たした。Twitterアカウント@s_d_naito

(構成・中塚真希子 / Makiko Nakatsuka)

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