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時にはお騒がせ? 意外と多いプロ野球界の同姓同名選手

先日、ヤクルトのクリス・カーペンター投手(28)の元に、沖縄の米兵たちがサインを求めてやってきた。昨年はレッドソックスの3Aでプレー。熱心なファンに見えたが、「カージナルスのカーペンターじゃないのか……」とサイヤング賞を獲得したこともあるカージナルスのエース右腕と勘違いしていたことが判明。実は同姓同名でミドルネームまで同じだった。

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ミドルネームまで一緒だったカーペンター

 先日、ヤクルトのクリス・カーペンター投手(28)の元に、沖縄の米兵たちがサインを求めてやってきた。昨年はレッドソックスの3Aでプレー。熱心なファンに見えたが、「カージナルスのカーペンターじゃないのか……」とサイヤング賞を獲得したこともあるカージナルスのエース右腕と勘違いしていたことが判明。実は同姓同名でミドルネームまで同じだった。スワローズに入った新守護神候補は、名前負けしない活躍を心に決めたのだった。

 日本でも同姓同名のプロ野球選手は過去にいた。

 日本ハムには2人の「田中幸雄」がいた。2000安打を放つなど背番号6をつけて活躍したタナカユキオは「コユキ」と呼ばれ、ピッチャーだったタナカユキオは「オオユキ」と呼ばれた。スコアボードも「田中幸」と「田中雄」に区別された。2人は刺激し合いながら、4年間、ファイターズでプレーした。

 山田勉という選手も2人いた。ヤクルト、広島、ダイエーで1986年から2000年にプレーした投手と、81年から90年に南海と広島でプレーした外野手。1989年には、史上初の同姓同名対決も実現した。

 阪神には佐藤文男が2人。それも両者とも投手だった。1人のサトウフミオは1972年に近鉄に入団し、1981年から82年に阪神でプレー。81年にドラフト外でもう1人の「サトウフミオ」が入団したため、同時期にタイガースに同じポジションの同姓同名選手がいたことになる。

 ロッテ時代に最強中継ぎ陣「YFK」の「F」を務めた藤田宗一投手。1950年代には国鉄スワローズに藤田宗一外野手がいた。高橋明という選手も西鉄ライオンズに2人いる時期もあった。オリックスと日本ハムに高橋功一という名前の選手も2人いた。マリナーズなどで活躍したマック鈴木こと鈴木誠という名前も2007年に巨人の育成選手の投手に存在。1987年から94年までヤクルトとオリックスでプレーした西岡剛投手は、阪神の西岡剛と同姓同名である。そのほかには、鈴木健、吉本亮、藤本博史という選手が2人いたこともあった。

 漢字違いで同じ読みという選手も多い。さいとうゆうき(斎藤佑樹=日本ハム、齊藤悠葵=広島)、やまもとこうじ(山本浩二=前WBC監督、山本幸二=元巨人、山本功児=元ロッテ)、おがたこういち(緒方孝市=元広島、緒方耕一=元巨人)となどといった具合だ。

 それぞれ、名前が同じだけでライバル意識が芽生えたケースもあるだろう。カーペンターも間違えられてしまったが、それを力に変えて、日本で一番有名な「クリス・カーペンター」を目指してもらいたい。

【了】

フルカウント編集部●文 text by Full-Count

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