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ロッテ・ドラフト1位ルーキー石川歩が日曜登板で3勝 「サンデー男」の系譜はいかにして生まれたか

ロッテのドラフト1位ルーキーの石川歩投手が5週連続で「サンデー登板」となった27日の日本ハム戦で8回4安打1失点で3勝目をマークした。ドラフト会議で巨人とロッテが競合しただけのことはある。新人では唯一の4月3勝と勢いは止まらない。

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すべて日曜日に登板しすでに3勝を上げている石川

 ロッテのドラフト1位ルーキーの石川歩投手が5週連続で「サンデー登板」となった27日の日本ハム戦で8回4安打1失点で3勝目をマークした。ドラフト会議で巨人とロッテが競合しただけのことはある。新人では唯一の4月3勝と勢いは止まらない。

 石川はここまですべて日曜日に登板。プロ初登板のソフトバンク戦も3月30日の日曜日だった。チームメートからの呼び名は「五右衛門」(石川五右衛門から由来)であるため、日曜に投げることにちなみ「(ニックネームは)サンデー五右衛門でお願いします」と茶目っ気たっぷりに自分を売り込んだ。

「サンデー○○」は野球界では定着しているニックネームだ。中6日の先発でローテーションがまわってくれば、6連戦の場合はすべて同じ曜日に投げることになる。ロッテではマサカリ投法でおなじみの村田兆治氏が「サンデー兆治」と呼ばれた。2000年には小野晋吾投手も「サンデー晋吾」と呼ばれるほど、日曜日に登板し、勝利を重ねていった。石川はロッテ3代目の「サンデー男」の襲名を目指していく。

 村田兆治氏は1974年に12勝を挙げて、日本一に輝くなどロッテのエースだった。1981年には19勝で最多勝。パ・リーグで4度も最多奪三振の剛腕投手だった。しかし、1982年に肘を痛め、トミージョン手術の権威でもあるフランク・ジョーブ氏の手術を受ける。83年は未勝利。84年はシーズン終盤に復帰するも0勝。そして、1985年に見事に復活を遂げた。

 復活のカギとなったのが、今では主流となっている中6日の登板間隔だった。村田氏は間隔をきちんと空けて、日曜日ごとに登板。すると日曜日に7連勝をマークするなど、トータルで17勝を挙げ、見事に復活。カムバック賞をもらった。

 それまでは投げまくっていた村田氏だったが、執刀医のジョーブ博士の、肘や肩に負担をかけないように取り組んでほしいという考えから、本人と首脳陣が相談し、間隔を中6日とした。サンデー兆治の始まりは、「消耗品」とされる野球選手の肩や肘の疲労をできるだけ抑えるように生まれた対処法だった。この頃から先発投手は登板過多を抑えるために中6日のローテーションが主流となっていった。

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