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愛されたスーパーサブ 元巨人・古城茂幸氏の功績

“何でもやる”ことにこだわりを持っていた

 年を重ねても、若い選手と同じような扱いだった。時には若手に経験を積ませたいという理由で、状態が悪くなくても2軍に降格した。チーム事情が古城の選手生活を左右した。それでも古城は嫌な顔をひとつせずに笑顔で受け入れた。ナイター後の翌日の2軍の練習では朝から声を張り上げ、育成選手や1年目の選手に負けないはつらつとしたプレーを見せた。いつも上を向いていた。

 内野守備ならばどこでもやった。代打、代走、守備からの途中出場など、役割はいくつもあった。「試合はもちろん毎日出たいですし、1軍にもずっといたい。でも、チームに求められている役割というのがあるのでね」と何でもやることにこだわりをもっていた。困った時にチームを救ってくれるユーティリティーぶりに「振り向けば古城」というキャッチフレーズまでついたほどだった。

 あるシーズン中、骨折して登録を抹消されていた時のこと。完治していない状態で1軍から「いけるか?」と声がかかった。骨はまだくっついていない。普通の選手ならプレーすることは無理だし、断るのが当然と言えるような状態ではあったが、古城は即答した。「いけます」と。

「だって、僕みたいな選手、チームが必要としている時にプレーできなくてどうするの?っていう話です。そこが僕の居場所です。骨が折れてたって関係ないでしょう。そこでプレーするために自分はいるんですから」

 それが迷わず答えた理由だった。もちろん怪我の状態は明かさずに1軍に昇格。守備もこなし、ヒットも打った。人並み外れた精神力があった。古城のプライドだった。

 引退した昨年は腰痛との戦いだった。激しい痛みはこれまで乗り越えてきたものとは比べものにならなかった。痛みに強い古城は、表情に出さずに練習を続けたが、プレーに精彩を欠いていた。

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