なぜ稲葉篤紀は今年限りでユニホームを脱ぐのか 今季開幕前から始まっていた“カウントダウン”
大谷も「真似できない」と語るバッティング技術
ヤクルト時代から、そのバッティング技術は群を抜いていた。最たるはインローへの対応。内角低めへのバットコントロールだ。名だたる豪腕、技巧派が投げ込んできた最高の1球、ウイニングショットをことごとく弾き返してきた。
誰もがその技術を欲しがった。プロ野球界初となる10勝&10本塁打をマークした大谷も、その打撃に魅了された1人。「バットのヘッドが下がらない独特の打ち方は真似できないです。スゴいなぁと思います」と、しみじみと語った。
その唯一無二の職人技に年々、狂いが生じてきた。ユニホームを脱ぐことを決断したのが今年2月のキャンプ中。「スイングスピードが鈍ってきた。少しずつ、去年から感じていた」。2014年シーズンの開幕前から“カウントダウン”は始まっていたのだ。
とはいえ、現役を続けることは十分に可能だったはずだ。
プロ20年間の経験で培われた読みや駆け引き。下降線をたどっていくテクニックをカバーする武器はいくらでも備わっている。そしてその存在。相手ベンチやマウンド上のピッチャーに与える威圧感は相当だろう。
野球に限らず、ボロボロになるまで現役にこだわり、精根尽きるまでプレーし続けるアスリートは数多い。それも見る者を感動させる。一方で、引き際が潔く、惜しまれながらも第2の人生に踏み出していく選手も少なくない。頂上からの眺めを知った男たちにとっては、9合目からの眺望は物足りなく感じてしまうのだろう。
王の描いた美しい放物線。篠塚の芸術的な流し打ち。魂がこもった津田のストレート。野茂の消えるフォーク。イチローのレーザービーム……etc。新たに「稲葉の華麗なインコースさばき」も野球ファンの間で語り継がれていくだろう。
【了】
J・T●文 text by J・T