記憶に残る名脇役 愛された「第2捕手」小田幸平の野球人生

貴重だったその存在感、2013年には著書出版も

 これほど周囲に愛された「第2捕手」がいただろうか。

 中日を戦力外となっていた小田幸平捕手(37)が現役引退を表明した。通算371試合に出場し、112安打、2本塁打、45打点。生涯打率はわずか1割9分7厘だ。際立った数字こそ残せなかったが、引退会見では「レギュラーを取らずに17年間できた。その17年に誇りを持ちたい」と話した通り、記録ではなく記憶に残る名脇役だった。

 気さくな性格で、話し出せば止まらない。明るいキャラクターは1997年ドラフト4位で入団した巨人時代から支持を受けた。清原和博にもかわいがられ、バットを譲り受けることもあった。後輩の面倒見も良く、同じ捕手の阿部慎之助とは移籍後も米グアムで自主トレを共にしてきたほどだ。

 中日に移籍したのは2005年のオフ。FAで移籍した野口茂樹の人的補償だったが、当時の落合博満監督は「大もうけ」と発言。実際、野口が新天地でわずか1勝にとどまったことを考えれば、落合監督の読み通りの結果となった。

 中日では絶対的な存在だった谷繁に次ぐ2番手として、強力投手陣を支えた。キャッチング技術や投手の良さを引き出すリードは、山本昌や岩瀬といった名球会左腕からも信頼を得ていた。グラウンド以上に存在感を示したのは、お立ち台でのパフォーマンス。「やりましたー!」の決め台詞が人気を博し、球団からグッズ化された。2013年には控え選手で異例の著書「ODA52 15年以上、プロで生き残った2番手捕手の竜儀」(洋泉社)を出 版したことでも話題を呼んだ。脚光を浴びることの少ない2番手捕手のイメージを変えた選手だった。

 中日はどちらかといえば、職人気質の選手が多く、堅実で真面目なチームカラーだ。ベンチでも常に先頭に立って声を出し、盛り上げてきた小田の存在は貴重だった。ポスト谷繁の台頭が望まれて久しいが、“ポスト小田”といえるポジションを誰が担うのかもまた、大きな課題だ。

【了】

フルカウント編集部●文 text by Full-Count

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