菅野智之が巨人の真のエースとなるには 求められる絶対条件

本調子でない中での1勝は成長の証し、エースとなるための「28段の階段」

 菅野は昨シーズン終盤に肘の故障で戦線離脱。クライマックスシリーズの登板回避を余儀なくされた。幸い、故障はそれほど重症ではなく、その後、秋季キャンプでは投球練習を再開したが、やはり心配なのはその故障の影響だった。

 肘や肩を故障した投手にとり張るとか重いとか、そういう実感的な影響はもちろんだが、もう一つ、どうしても残るのが心理的な部分である。

「思い切って腕が振れるようになるには、どうしても時間がかかる。ブルペンでいくら投げ込んでも実戦とはまったく感覚が違う。だから実際にゲームで投げていく中で、徐々に不安を消していくしかない」

 評論家時代の工藤公康ソフトバンク監督から、肘や肩を痛めた投手のこんな心理を聞いたことがある。心のリミッターがどうしても体の動きをセーブしてしまう。そのリミッターを外す作業には、多少の時間がかかるものだということだ。

 そういう意味では菅野も、今はまだ心のリミッターを外している段階とみることができるかもしれない。

 ただ……逆に言えば、まだまだ本調子ではない段階で、とにかく結果を残したことは、今年の菅野の投手としての成長なのではないだろうか。

 不用意に投じた初球を筒香にスタンドまで持って行かれた直後に3連打で招いた無死満塁のピンチ。それでもそこから粘って3人の打者を打ちとりホームを踏ませなかった。7回の1死満塁も高橋由伸外野手の好バックホームもあったが、石川を右飛に打ちとり併殺で切り抜けた。

「3連打は食らいましたけど、ある程度開き直っていけた。あそこで1点もやらなかったというのは去年と違う部分かな。成長した部分かなと自分としては思っています」

 菅野くらいの力量を持つ投手ならば、自分のコンディションがいいときにはかなりの確率で相手打者を抑えることができるはずである。ただ、長いシーズンの中ではベストではない方が多いと言ってもいいし、むしろあまり状態が良くないままでマウンドに上がるケースも意外と少なくないのである。

 当然、走者を出した苦しいピッチングになる。それでも粘って勝てる投手になる。それが継続性であり、実はエースと呼ばれる投手が求められる絶対条件でもある。

 試合後に原監督が菅野を評価したのは、まさにその部分だった。

「まだ始まったばかりですが、こうしてチームのスタートの試合を任せてもらって勝てたことは大きな財産になる」

 試合後の会見でこう語った菅野は続けた。

「マウンドに立ち続けるというのが今年の目標です。自分としては(シーズントータルで)27試合か28試合投げる(ことになると思っている)。その28分の1が終わった。(開幕戦を)終わってみればそういう感じです」

 エースとなるための28段の階段――その第1段を菅野は踏み出したのである。

【了】

鷲田康●文 text by Yasushi Washida

鷲田康 プロフィール

19741014
1957年、埼玉県生まれ。慶応義塾大学卒業後、報知新聞社に入社。91年オフから巨人担当キャップとして長嶋監督誕生、松井秀喜選手の入団などを取材。その後、プロ野球遊軍などで約10年間、巨人を中心に野球取材を担当した。2003年に同社を退社。フリーのスポーツジャーナリストとして日米のプロ野球やアテネ、北京両五輪、WBCなど日本代表チームを取材、執筆活動を続けている。現在は週刊文春で「野球の言葉学」、ナンバーウエブ「プロ野球亭日乗」、サンケイスポーツ(東京版)「球界インサイドリポート」などを連載。主な著書に「長嶋茂雄最後の日」「10・8 巨人VS中日 史上最高の決戦」「ホームラン術」「WBC戦記(共著)」(いずれも文藝春秋社)「松井秀喜の言葉」(廣済堂出版社)などがある。

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