元ロッテ胴上げ投手が踏み出した第二の人生…栄光と苦しみの中で学んだこと

2010年日本シリーズ第7戦、ロッテを日本一に導く力投

 パソコン教室に通うマリーンズ戦士の姿があった。彼は一日5時間ほど必死にパソコンと向き合い、エクセルやワード、パワーポイントの使い方をマスターしようとしていた。

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元ロッテの伊藤義弘【写真提供:千葉ロッテマリーンズ】

 思えば6年前の2010年11月7日。伊藤義弘投手は日本シリーズのマウンドにいた。第7戦。延長12回までもつれたドラゴンズとの激戦を制したマリーンズのマウンドで、背番号「30」は力投した。最後の打者・藤井を外角のスライダーで遊ゴロに打ち取ると、両手を高々と突き上げた。シリーズ第7戦。2回を投げて打者6人、無安打、無失点。ナゴヤドームで躍動し、チームを日本一に導く活躍をしたーー。

 月日は流れた。あの日の胴上げ投手は現役を引退し、第二の人生を歩み始めていた。

「日本シリーズは楽しかったですね。あれは一番の思い出です。胴上げ投手になれたことは、新たな人生を歩む自分にとっては大きな誇りだし、自信になります。だって、街を歩いていて日本一の胴上げ投手になった人と、すれ違うことはないですからね」

 今思うと不思議な縁で、栄光の瞬間を迎えた。7対6のマリーンズ1点リードで迎えた9回。最後のマウンドに抑えの小林宏之が上がった。その瞬間を伊藤はブルペンで見ていた。シーズンは65試合に登板。ポストシーズン、日本シリーズも連投を重ね獅子奮迅の働きを見せたが、この日は出番がなかった。

「調子がとてもよかった。最後の試合も投げたかったなあと思いながらモニターを見ていた」

 ブルペンから誰よりも早くマウンドに走っていき、歓喜の輪に加わろうと意気込んでいたが、マリーンズはこの回、同点に追いつかれてしまう。結果、11回からマウンドに呼ばれた。次の回に勝ち越すと、最後も3者凡退に抑え、勝利投手と胴上げ投手になった。最高の瞬間だった。

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