新人源田が大活躍も…「守備職人」から脱却しつつある西武24歳の新たな戦い
課題の打撃面で覚醒の兆し、西武の内野定位置争いに挑む永江
今季、「源田たまらん」のフレーズでお馴染みの源田壮亮内野手が、埼玉西武の正遊撃手の座に就いた。パ・リーグファンであるならば、そのルーキーらしからぬ華麗な遊撃守備を何度も目撃しただろう。だが、巧みな守備を魅せる埼玉西武の遊撃手と聞いて、「6」以外の背中を思い浮かべる人も少なくはないはずだ。今季6年目のシーズンを終えた24歳、永江恭平内野手もまた、埼玉西武が誇る「職人」の1人である。
長崎県の海星高校から、2011年にドラフト4位で埼玉西武に入団した永江。高校時代は遊撃手と投手を務め、打っては通算27本塁打を放ち、投げては最速149キロを計測している。プロ1年目の2012年からファームで82試合に出場して打率.258、10盗塁と結果を残すと、高卒ルーキーながら1軍の試合出場、プロ初安打も経験した。
翌年、不動の正遊撃手だった中島宏之内野手(現・オリックス)が退団したことで「ポスト中島」争いが勃発。19歳の永江は熾烈な競争を勝ち抜き、見事「9番・遊撃」で開幕スタメンに名を連ねる。10代の選手が遊撃手として開幕戦に先発出場するのは、1954年の豊田泰光氏以来の快挙だった。しかし、堅実な守備で一定の評価を得る一方、99試合に出場して打率1割台に終わる。打撃面で明確な課題を残し、レギュラー定着とはならなかった。
その後も、安定した内野守備を武器に終盤の守備固めとして重宝されながらも、打率が2割に届かないシーズンが続く。中島の退団以降「埼玉西武の正遊撃手」の座はぽっかりと空き続けていたにも関わらず、チャンスをものにできず。打撃覚醒のきっかけをつかめないまま、5年の月日が流れた。