神奈川を代表する2球場 保土ヶ谷球場と横浜スタジアムに抱く選手の思い
東海大相模内でも投手と野手で分かれる保土ヶ谷のイメージ
保土ヶ谷球場は1949年開場。現在は両翼95メートル、中堅120メートル、収容人員約1万5000人とアマチュア使用には十二分な大きさを誇る。50年代にはプロ野球公式戦が行われたこともある。
夏の神奈川大会決勝は市内にある横浜公園平和野球場を使用していたが、老巧化のため1970年代に保土ヶ谷を使用。78年に平和野球場が改修され、現在のハマスタとなってからは会場はそちらに移った。現在、夏は準々決勝以降がハマスタで開催されている。そういったことからも、現在の選手たちはハマスタと保土ヶ谷に対する想いは変わってくる。
春10回、夏10回の甲子園出場(春2回、夏2回の全国制覇)を誇る東海大相模高OBの広島・田中広輔。同級生に巨人・菅野智之がおり、常に優勝候補に挙げられていた。2年春に甲子園出場経験こそあるものの、夏の大会では惜しくも敗退している。
「聖地はやっぱりハマスタ。保土ヶ谷ではそういう気持はないですね。選抜大会には出ましたけど、自分たちで勝ち取ったという気持はやっぱり弱かった。どうしても夏に勝ち取りたかったんですが、負けてしまったのでね…。今、ハマスタはいろいろ改修しているそうですけど、僕の中では高校時代と全く変わっていないです。ベイスターズ・ファンも増えたりして盛り上がっているけど、僕の中では変わらない。ここに来るといつでもあの時の、高校時代の感覚と同じ」
同じ東海大相模OBの後輩となる中日の小笠原慎之介。投手の立場からすると、保土ヶ谷の存在位置は少し変わってくるようだ。
「保土ヶ谷はキレイだし雰囲気が好きでした。それに相模は夏の初戦が保土ヶ谷で行われることが多い。だから、そこに向かってコンディションも気持ちも高めていかないといけない。そういう意味では、僕らのような投手の方が保土ヶ谷に対する気持は強いんじゃないですかね。しっかり抑えて、その後の戦いにつなげていかないといけないですから。でも、ハマスタはやっぱりテンション上がる場所でしたね。お客さんもたくさん入ったし、甲子園まであと少しの戦いの場所ですからね」