西武黄金期を支えた沢村賞右腕の今―「親子教室は僕らも原点に戻れる場所」
「親子でキャッチボールをやる楽しみを覚えてもらいたい」
沢村賞、そしてシリーズMVPと数々の栄光を手にしたが、そんな台湾の環境の中に置かれても「野球を楽しむことができた」と、笑顔を見せる。
「南の高雄で試合が終わると、台北までバスで帰るんですが、途中のコンビニでご飯を買ってバスの中で宴会になるんです。次の日の朝に台北に着くんですけど、日本では考えられないですよね。純粋に野球を楽しませてもらいました」
単身で台湾に渡っていたが、学校が休みになると子供たちが台湾の球場に遊びに来た。全く知らない選手ばかりなのに、台湾の野球カードを買って喜ぶ息子の姿を見るのが嬉しかった。しかし、学校が始まれば子供たちは日本に戻り、また離れ離れの生活になる。当時は子供たちとの時間を十分に持つことができず、キャッチボールをして遊ぶこともままならなかった。だから今、アカデミーのイベントで親子がキャッチボールをしている姿を見ると、幸せな気持ちになるという。
「お互いに笑いながらキャッチボールをしているのを見ると、微笑ましいですね。投げるコツ、捕るコツを教えてあげると、楽しそうにやってくれる。親子でキャッチボールをやる楽しみを覚えてもらいたい。そして、何世代も野球に興味を持ってもらえたら、野球人口も増えていくと思います。今の子どもは、ゲームやパソコンなどやることがたくさんある中で、投げたり、捕ったりに興味を持ってくれたら、それが野球につながってくれると思います。親子キャッチボール教室は、僕らも原点に戻れる場所です」
近年、野球人口の減少が叫ばれている。西武の黄金期を支えた右腕は、親子でキャッチボールする時間があることの素晴らしさ、そして野球の楽しさを後世に伝えていくことに尽力している。
(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)