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吉田輝星の881球を受け続けた昨夏準V捕手の今 クラブチームで夢の続きを

“金農旋風”に沸いた甲子園から1年。昨季の準優勝メンバーだった捕手・菊地亮太さんは新たな夢に向かって、仕事と野球に打ち込んでいる。吉田輝星(現・日本ハム)とのバッテリーを組んだ夏を振り返りながら、今、そしてこれからの思いを聞いた。

何度も切れたキャッチャーミットの紐 今もクラブチームで捕手としてプレー

 そんな吉田とは2年秋からバッテリーを組み、日々の成長を左手で感じていた。

「1年生の時は140キロくらい。2年の冬を越したくらいからボールの質が変わってきました。結構、ミットの紐も切れました。最初は市販のものを使っていましたが、すぐに切れてしまうので、太くてしっかりしたものを取り寄せました」

 それでも、受ける回数が増えれば切れるため、何度も取り換えた。難しいミットの補修も時間をかければ、自分でできるようになっていた。

「甲子園決まった時に取り換えて、2回戦が終わったところでも取り換えました。大丈夫だろうと思っていましたが、決勝戦は結構やばかったんですよ。行けると思ったので何とかなりましたが……」

 昨夏の甲子園大会6試合で吉田が投げた881球の衝撃をすべて、そのミットが受けていた。もしも決勝戦で切れていたら……

「(1学年下の控え捕手の)沢石(和也)のミットを借りていたと思います。過去に何回かありましたが、やはり自分のではないので取りにくい。とりあえず『キレイに磨いておいて』とは言いましたけど(笑)」

 881球だけではなく、吉田のボールを試合で確実に捕るために、キャッチングの練習をともにしてきた“相棒”。時には140キロのマシンを前に出して速い球を捕る練習をしたり、変化球を後ろにそらさないような練習もした。吉田の力投を引き出したのは、菊地さんの頭脳と、何度も壊れたそのミットといっても過言ではない。

 紐は何度も切れたが、絆はほどけることはない。

 金足農ナインは、今、それぞれの道を歩き始めている。大学進学した選手もいれば、菊地さんのように仕事に就いた選手もいる。離れ離れになっても、親交はある。それに3年間、一緒にやってきたきつい練習はかけがえのない時間だった。

「本当に自分がよくやってこられたな、と思いますね。きつかったですよ。やっている時は『野球と私生活は一緒だ』とコーチの方に言われても全くわかりませんでしたが、今ならわかります。例えば、バッティング。チャンスで『自分が返すんだ』という気持ちも大事ですが、『ここはつなぐ』とか『チャンスメークする』とか状況によって考えを持つことが大事です。そういう役割をしっかりと全うすることが、野球もこれからの生活でも大事かなと思います」

 今、社会に出て、そう実感している。高校野球、甲子園が教えてくれた財産だ。

 菊地は仕事と同じくらい力を注いでいるものがある。秋田の硬式クラブチーム・ゴールデンリバースで野球を続けている。金足農の準Vメンバーからは遊撃手だった斎藤璃玖さん、外野手だった大友朝陽さんも一緒だ。菊地さんは今、控え捕手だが、近い将来、正捕手となって都市対抗野球出場や全日本クラブ選手権などを目指していくという。

「今のチームも一つの目標に向かって、1人1人が行動を考えています。今は試合に出られず代打などが多いですが、出ない時こそ、何ができるかを考えて、見つけてやっています。高校野球と同じですね」

 日本列島に感動を与えた昨夏。大阪桐蔭の前に敗れた“日本一”という夢。県の職員として、人々の心に残る仕事をしながら、野球人として成し遂げていない全国の頂点へ。菊地さんの夢はまだ続いている。

(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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