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ベーブ・ルース激怒退場が大記録達成のきっかけに? 継投ノーノーの歴史

7月12日(日本時間13日)、オールスター明けのMLBで大記録が生まれた。エンゼルスが本拠地のマリナーズ戦でMLB史上13回目の「継投によるノーヒットノーラン」を達成したのだ。

スカッグスの背番号「45」を身にまとったエンゼルスが継投でノーヒットノーランを達成【写真:AP】
スカッグスの背番号「45」を身にまとったエンゼルスが継投でノーヒットノーランを達成【写真:AP】

大谷所属のエンゼルスが13日マリナーズ戦で継投によるノーヒットノーランを達成した

 7月12日(日本時間13日)、オールスター明けのMLBで大記録が生まれた。エンゼルスが本拠地のマリナーズ戦でMLB史上13回目の「継投によるノーヒットノーラン」を達成したのだ。

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 この試合は、7月1日に急死したエンゼルスの投手、タイラー・スカッグスの追悼試合。選手は全員、スカッグスの背番号「45」をつけてプレーした。

 データサイト「ベースボール・アルマナック」によれば、MLBのノーヒットノーランはアメリカン・リーグで127回、ナショナル・リーグで152回記録されているが、複数の投手による記録は13回だけだ。

 最初の「継投によるノーヒットノーラン」は、ある大選手の「短気」がきっかけだった。1917年6月23日、フェンウェイパークでのセネタース戦に先発したレッドソックスの左腕エース、ベーブ・ルースは、セネタースの1番レイ・モーガンにストレートで四球を与えた。しかしボールの判定に不満だったルースは、球審ブリック・オーエンスに罵声を浴びせた。オーエンスが退場を命じると、ルースは球審に詰め寄り、殴ってしまう。

 ジャック・バリー監督は長身右腕のアーニー・ショアを救援に送った。試合再開後、モーガンは盗塁を試みてアウトになる。以後、ショアは打者26人を四球も与えないパーフェクト(2奪三振)に抑え、史上初の記録を達成した。実質的にはショアの完全試合と言っても良い記録だった。ルースはレッドソックスでは二刀流だったが、1920年にヤンキースに移籍してからは打者に専念し、球史に残る大打者になった。

「継投によるノーヒットノーラン」は50年間出なかったが、1967年に2回目が達成。計13回誕生している。投手起用の主流が、先発完投から継投へと変化したことが背景にある。最も多くの投手の継投による記録は、2003年と2012年に記録された「6人」だ。

 なおNPBでは「継投によるノーヒットノーラン」はレギュラーシーズンでは4回、日本シリーズで1回記録されている。今回の記録は「オープナーを起用した試合での初のノーヒットノーラン」でもある。いろんな意味で、人々の記憶に残る記録だったといえるだろう。

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