【野球を好きになった日15】失敗体験から知った野球の奥深さ パ元審判員・山崎夏生氏

パ・リーグで29年間審判を務めた山崎夏生氏【写真:編集部】
パ・リーグで29年間審判を務めた山崎夏生氏【写真:編集部】

大学時代は「選球眼が悪い」が部内の定説、そんな男が審判員に…

 Full-Countでは選手や文化人、タレントら野球を心から愛し、一日でも早く蔓延する新型コロナウイルス感染の事態の収束を願う方々を取材。野球愛、原点の思い出をファンの皆さんと共感してもらう企画をスタート。題して「私が野球を好きになった日」――。第15回は元パ・リーグ審判員の山崎夏生さん。野球界で“仕事”をすることができたのは学生時代の「失敗体験」があったからこそだった。今、課題に直面している球児に伝えたい。

 野球を好きになる原点はなんといっても華々しい成功体験です。幸い体格や体力には恵まれ、幼少の頃からとにかく速く走る、遠くへボールを投げる、当たれば飛ぶ、といった点では一定水準以上の選手でした。小中高校といつでもレギュラーで、自分が投げて打って走って、というのが当たり前。ただ、この頃は肉体的スポーツとしての面白さだけで、深く精神的な面の魅力にまでは及んでいませんでした。

 私が本当に心の底から野球が好きだ、と思えるようになったのはこんな成功体験ではなく失敗体験からでした。大学でももちろん野球部に入り即レギュラーと思っていたのに、ここで初めて挫折感を味わったのです。入学した北海道大学は国立大学の中でも有数の野球強豪校でした。北海道六大学(現在は札幌学生連盟)では常時一部に所属し、春秋合わせて6度のリーグ優勝、大学選手権ではベスト8にもなったことがあります。部員も多く専用球場もありスタッフにも恵まれていました。

 ですから、初めてのリーグ戦ではレギュラーどころか補欠にもなれません。ベンチに入れず、スタンドでの応援やスコアボードでの得点入ればかりでした。こんな状況に一時は不貞腐れましたが、練習自体は好きですからしばらくは辛抱もします。で、1年生の夏場過ぎ頃から、ようやくわかってきたのです。野球は確かにフィールドで戦うのは9人ですが、9人だけでは強い野球部になれないのだと。レギュラーが花とすればそれを咲かせるための幹があり根があり、水も土も太陽も必要だということです。

 補欠の支えがあってこそいい練習もでき、選手層も厚くなるのです。全ての部員には役割がある。実際、社会に出れば実は名も無き9割の補欠のような人々が額に汗して働いています。この経験から、ようやく野球のみならず真のチームスポーツの魅力を知るようになりました。補欠は人生の必修科目だ、そう思えるようになったのです。

 ちなみに大学でのデビュー戦は代打での登場。真ん中のストライク2つを見逃して、最後は頭の高さのボール球に空振り三振。で「ちょっと高かったかな?」と退散。以来、「山崎は選球眼が悪い」が部内の定説となりましたが、その選球眼を飯のタネにしたのだから、人生は面白いものです。

 2年生になる頃からようやくベンチ入りもできるようになり、ますます野球が面白くなってきました。試合に出られぬ気持ちを知り、出られる喜びはさらに大きくなっていたのです。そして大学3年生の秋にはついに「野球で飯を食おう」と決意しました。もちろんプロ野球選手など夢のまた夢でしたが、紆余曲折があり、とにもかくにもプロ野球審判として野球を生業とすることができました。ところが、ここからは苦労の連続で、実は野球が嫌いになりかけた時期もあるのです。

自暴自棄になりかけた時、救ってくれたのは母校の夕闇だった

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