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日ハム鶴岡が模索する兼任コーチの在り方 改めて抱く恩師への尊敬の念

プロ野球開幕を心待ちにしながら日本ハムの取材ノートを整理していたら、思い出深い言葉を再発見した。「F取材ノート~心に残ったあの言葉」として改めて紹介したい。今回は、コーチ兼任2年目を迎える鶴岡慎也バッテリーコーチ兼捕手だ。

日本ハム・鶴岡慎也【写真:石川加奈子】
日本ハム・鶴岡慎也【写真:石川加奈子】

昨オフの契約更改で漏らした印象的な言葉「今すごく尊敬しています」

 プロ野球開幕を心待ちにしながら日本ハムの取材ノートを整理していたら、思い出深い言葉を再発見した。「F取材ノート~心に残ったあの言葉」として改めて紹介したい。今回は、コーチ兼任2年目を迎える鶴岡慎也バッテリーコーチ兼捕手だ。

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「こんな複雑な心境で僕らにいろんなことを教えてくれてたんだなって。今すごく尊敬しています」

 昨オフの契約更改を終えた後で漏らした言葉が印象的だった。鶴岡が思いを馳せた相手は、07~15年の9年間日本ハムでバッテリーコーチ兼捕手を務めていた中嶋聡オリックス2軍監督。若い頃に直接指導を受けた時には、その心情にまで思い至らなかったようだ。同じ立場になって初めて兼任コーチの難しさを実感し、惜しみなく技術指導してくれた恩師の偉大さを再認識した。

 中嶋氏がコーチ兼任になったのは07年、37歳の時だった。当時は29歳の高橋信二と26歳の鶴岡の2人が先発マスクをかぶっていた。中嶋は勝ちパターンの終盤に登場する“抑え捕手”として60試合に出場。シーズン後には連覇に貢献できた充実感とともに、選手としてもうひと花咲かせたいという趣旨の話をしていたと記憶している。

 実際には08年は22試合、09年は3試合と中嶋の出場機会は減っていき、代わりに台頭したのが鶴岡だった。08年に97試合に出場して正捕手への足場を固め、優勝した09年には122試合出場と主力に成長した。

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