「掛布さんの時だけトップギア」―篠塚和典氏が明かす「怪物・江川」の記憶
もし江川氏と対戦していたら…「そりゃ、真っ直ぐしか狙いません」
だが、そんな江川氏が、序盤だろうと大差がついていようと、全球全力で立ち向かった打者がいた。「阪神の掛布(雅之)さんですね。確かに掛布さんの時だけは、最初からトップギアに入れている雰囲気を感じました。1球で、力の入れ方が違うのがわかりました」と篠塚氏も証言。巨人のエースと阪神の4番は1955年生まれの同い年でもあり、2人のライバル対決はファンを魅了した。
圧倒的な力量を示した江川氏だが、球種はストレートとカーブの2種類しかなかった。「バッターにとっては読みやすいですよ。江川さんは、相手がストレートにタイミングを合わせて待っているとわかっていても、“打てるものなら打ってみろ”という感じで真っ直ぐを投げ込むことがありました」と篠塚氏。それでも江川氏のストレートは、たとえ完全にヤマを張られていたとしても、篠塚氏が前編で語ったように、「打者からは、まるでホップしているように見える」球質ゆえ、簡単には打たれなかった。
もし、篠塚氏が敵として江川氏と対戦したら、どう攻略したのだろうか。「そりゃ、真っ直ぐしか狙いません。でも実際のところ、同じチームでよかった、という感じですよ」と脱帽するのだった。
「江川さんが投げる球は、キャッチボールからして違っていました。短い距離から段々伸ばしていって、いちばん遠くから投げてもまだ回転がいい。遠くから見ても、回転の良さがわかりました。そういう回転があったからこそ、打者にホップする印象を与えたのだろうと思います」と篠塚氏は振り返る。“昭和の怪物”は強者ぞろいのプロの世界にあっても突出した、唯一無二の投手だった。
(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)