ノーノー達成後の“ひと言”に感じた井川慶の凄み…女房役が語る16年前の快挙秘話

03年に沢村賞を獲得するなど阪神のエースとして活躍した井川慶【写真:Getty Images】
03年に沢村賞を獲得するなど阪神のエースとして活躍した井川慶【写真:Getty Images】

ヤクルト、日本ハム、阪神、横浜の4球団でプレーした野球解説者の野口寿浩氏

 マウンドに立つ長髪左腕の姿を、今でも生々しく覚えている。16年前、阪神不動のエースだった井川慶投手は、広島市民球場での広島戦でノーヒットノーランを達成。その試合でマスクをかぶっていたのが、現役時代にヤクルト、日本ハム、阪神、横浜の4球団で捕手としてプレーし、2017年から2年間ヤクルトでバッテリーコーチを務めた野球解説者の野口寿浩氏だった。Full-Count YouTubeでは、快挙達成の裏にあった生々しい状況を野口氏が回顧。試合後の井川との秘話も披露している。

 04年10月4日。日本ハムから阪神に移籍して2年目だった野口氏はようやく、そのシーズン初めてスタメン出場の機会を得た。岡田彰布監督就任1年目。捕手は矢野燿大(現阪神監督)で固定され、2番手としてベンチにいる時間が長いシーズンだった。前年に沢村賞を獲得した井川は、ペナントレース終盤にかけて調子を落とし気味で、目先を変えたい首脳陣の目論見によりバッテリーを組むことに。左腕復調につながるリードを託されたが、まずは「空回りしないように」という意識が最優先だったという。

 井川とのコンビは「相性という意味ではいい方だったと思う」。後ろ向きな意識はなかった。試合前のブルペン。「真っすぐの走りはそこそこ良かった。変化球もある程度まとまっていた」。だが、直球のコントロールがどうも定まらない。パワーピッチャーにとって、直球は生命線。「どうしたもんかな」と不安を抱えていたため、バッテリー間で「慎重に立ち上がろう」と意識合わせ。今思えば、それが快投を呼ぶきっかけになった。

「(井川の)状態がいい時は、立ち上がり6:4か7:3の割合で真っすぐが多いんですが、1巡目はあえて変化球を多くまぜていました。半々(5:5)前後だったと思います」。いつもとは違う組み立てに、打者たちが戸惑う。序盤にも関わらず、ベンチ前で広島ナインが円陣を組んだのを見た野口氏は「普段と違うなというところを感じてくれたんじゃないか」と推察した。その予想通り、2巡目は変化球を頭に置いたタイミングの取り方をしてきた。相手の対応を逆手に取り、今度は直球を増やした組み立てに。「うまくいった」と、してやったりだった。

 7回まで走者を1人も出さない完全試合ペース。中盤から終盤に進むにつれて、野口氏はベンチ内の“異変”を感じていた。試合の合間にアンダーシャツを着替えていても、誰も近寄ってこなくなった。周囲が気を使っているのが、手に取るように分かった。「どんどん空気が重くなるような感じはしていました。そういう雰囲気をすごく感じて、余計に硬くなる面はありましたね」。ただひとり違ったのは、マウンド上で淡々とアウトを重ねる当の左腕だった。

井川がポツリ…「そういえばランナー1人も出してないですね。まだ1本も打たれてないですね」

RECOMMEND

CATEGORY