完璧と思える投球は「年に1回あるかないか」 沢村賞右腕が明かす“腕を振る”難しさ
川崎憲次郎氏が解説 「大切なのは下半身からの力の伝導」
野球ファンならよく耳にする表現の1つに、投手が「腕を振る」というものがある。監督やコーチ、あるいは実況や解説が「今日の○○投手はよく腕が触れていた」「腕の振りがよくなかった」と表現することもあれば、投手自身が「今日は思いきり腕を振って投げられた」「もう少し腕を振って投げられるようにしたい」と表現することもある。
では、実際に「腕を振る」という表現が指す意味とは? よく考えてみると、いまいち理解し切れていない「腕を振る」とは、どういうことなのか。現役時代はヤクルトと中日でプレーし、1998年には沢村賞に輝いた川崎憲次郎氏に聞いた。
「“腕を振る”と言っても、ただ単に腕を振り回せばいいという話ではありません。上半身が前に突っ込んでしまったり、流れてしまったりすると、指でボールを最後まで押し切れない。だから、ボールに力を伝えきれず、腕を振り切った感覚も生まれません。ボールを最後まで押し切るには、上半身が前に流れないようにしないといけない。そのためには、下半身でしっかりと踏ん張れないと上半身を支えきれない。ピッチングで大切なのは、下半身からの力の伝導です。だから、“腕を振る”とは言っても、実は下半身の使い方が大切になってくるんですよ」
上半身と下半身をうまく連動させることが、ピッチングでは大きな鍵を握るという。川崎氏がピッチングの肝として挙げるのが、「リズム・バランス・タイミング」の3条件だ。
「リズム、バランス、タイミング。この3つが揃わないと思い通りのピッチングをすることはできません。ただ、現実として3つがキレイに揃うことは難しい。そこで大切になるのが、投手としての“引き出し”です。球種なのか、配球の組み合わせなのか、投球術なのか。どうにもならない時は、打者のミスショットに期待するしかない。上半身と下半身の連動は、それくらい重要だし、ピッチングの基礎となる部分です」
だが、たとえピッチングの基礎となる3条件が揃っても、勝負は時の運。「全部が揃って調子がいいと思った時でも打たれてしまうこともあれば、いまいちだと思いながらも抑えられることもある。ピッチングは本当に難しいものです」と現役当時を振り返る。
ピッチングがいかに繊細で、難しいものなのか。川崎氏が自身の体験を教えてくれた。
「試合前のブルペン投球がよくて、試合もよかったということは、ほとんどありません。僕は大体、ブルペンの調子がよくないと、試合ではいいピッチングをできることが多かったですね。ブルペンでよくなかった分、丁寧なピッチングを心掛けたからかもしれません。ブルペンがよくて、試合中のマウンドでもよくて、さらに結果を伴うピッチングができたのは、年に1回あるかないか。16年の現役生活を振り返ってみても、5回あったかどうかですよ(笑)」
投手にとって上半身と下半身の連動がいかに大切なものなのか。「腕を振る」という行為を1つとっても、そこにはピッチングの奥深さが隠されている。
(佐藤直子 / Naoko Sato)