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中日「背番号18」は試練のナンバー? 直近15年で5人、過去には5年連続変更も

中日の梅津晃大投手が28日、契約更改の場で来季から背番号18をつけると公表した。2019年限りで退団した松坂大輔投手(現西武)が背負ったのが最後で、今季は空き番になっていた。これまでの変遷をみると、直近15年間で5投手がつけており、定着していないのが現状。3年目を迎える本格派右腕に託す球団の期待もにじむ。

中日時代の松坂大輔【写真:藤浦一都】
中日時代の松坂大輔【写真:藤浦一都】

松坂は背番号99から変更したシーズンに右肩負傷、鈴木翔・伊藤準は戦力外に

 中日の梅津晃大投手が28日、契約更改の場で来季から背番号18をつけると公表した。2019年限りで退団した松坂大輔投手(現西武)が背負ったのが最後で、今季は空き番になっていた。これまでの変遷をみると、直近15年間で5投手がつけており、定着していないのが現状。3年目を迎える本格派右腕に託す球団の期待もにじむ。

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 松坂が入団テストを受けて2018年に加入した際の背番号は99。その年は11試合に登板して6勝4敗の成績を残し、カムバック賞を受賞した。翌年に自身の代名詞である18に変更。ただ春季キャンプでファンとハイタッチを交わした際に右肩の状態を悪化させ、1軍登板はわずか2試合にとどまった。

 その松坂と背番号を“交換”する形となったのが、今季限りで戦力外通告を受けた鈴木翔太投手。聖隷クリストファー高から2013年のドラフト1位で入団し、将来のエース候補として18が渡された。4年目の2017年には15試合に登板して5勝5敗とブレークの兆しを見せるも、翌2018年は2試合登板に。そのオフには右手血行障害の回復手術を受けた。

 鈴木翔の“前任”だった伊藤準規投手も今季限りで戦力外に。岐阜城北高から2008年ドラフト2位で入団。18を背負った5年間で通算4勝。2014年からは65に変更となった。2017年には主に中継ぎとして39試合に登板して1軍定着の糸口を見つけたが、2018年は11試合、2019年は右肘痛もあってわずか1試合どまりだった。

 2006年から3年間背負ったのは、中里篤史・現巨人スコアラー。春日部共栄高から2000年ドラフト1位で入団。当時は背番号28だった。2年目の春季キャンプで転倒した際に右肩を負傷。2年間リハビリを続けたが、2003年オフに再び右肩を故障。2004年から2年間は背番号70に変更となった。2005年に復帰してプロ初勝利を挙げると、翌2006年から朝倉健太氏(元投手コーチ)に代わって背番号18に。その後はわずか1勝にとどまったが、150キロ超の直球は鮮烈な記憶としてファンの脳裏に刻まれている。

 さらに過去を振り返ると、1997年からは小野和義、前田幸長、武田一浩、曹竣揚、ギャラードと5年連続で変更があったケースも。一方で、1983年から鹿島忠氏(現評論家)が14年間にわたって背負ったこともあった。

 顔ぶれを見ても、背番号18は思わずファンが期待したくなる右腕に託されてきた歴史がある。ルーキーイヤーは右肩の故障で出遅れるも、徐々に存在感を見せ始めた梅津。今春のキャンプでは、投手陣の誰もが「梅津の球はエグい」と口を揃えていたほどの潜在能力を秘めているだけに、来季ブレークして“梅津の番号”になっていくことが、ファンと球団にとっての願いだろう。

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