巨人から誘いも「1位指名は確約できない」 広島初の逆指名選手が語る“特殊制度”

「条件はどこにも負けない」「カープより必ずいい条件で…」複数球団から誘い

 山内氏は4年時のシーズンに48回2/3の連続イニング無失点を記録。2011年に菅野智之に破られるまで、首都大学のリーグ記録だった。さらに日米大学野球ではMVPを獲得するなど、超目玉選手となった右腕には、当然の如く広島以外のチームからも誘いがあった。

「カープが1位指名を表明した後も、数球団から声がかかりました。当時は契約金の上限も決まっていましたが、条件はどこにも負けないとか、カープより必ずいい条件で、というところもありました。人づてなど、いろいろなルートで話を聞きましたが、当時のプロ野球の裏の部分も、その時にかなり知りましたよ」

 日米大学野球や、社会人も含めた代表チームで中南米に遠征したこともあったという山内氏は、世界で戦う素晴らしさも実感していた。2年後にはアトランタ五輪が控えており、当時はアマチュアしか出場できなかったため、社会人野球という選択肢もあったが、最終的に選んだのはカープだった。

「春のリーグ戦が終わった時点で、アマチュア側には断りを入れました。プロに行くなら広島か関東がいいなと考えていて、巨人からも誘いがあったのですが、1位指名は確約できないということでした。最後までけっこう悩みましたが、最終的にカープに決めたのは、やっぱり自分はカープを見て育ってきたから。昔の広島市民球場で見た山本浩二さんや衣笠祥雄さん、高橋慶彦さんに憧れて、その気持ちが強かった。両親にも広島に帰った方がいいと言われましたが、実は父親がマツダの社員だったということもあるんです。球団と直接関係があるわけではないですけど、父親が『(カープ以外だったら)会社におられんようになるな』みたいなことを言っていた記憶もありますね(笑)」

 逆指名(希望枠)制度は、裏金問題の発覚もあり、2007年に廃止された。ドラフト制度の在り方については、現在でも議論されているが、20世紀の終わりから15年足らずの間、採用されていた言わば“特殊な”制度を当事者であった山内氏はどう考えるのか――。

「僕自身について言えば、自分で選んだ球団に入って、故郷の広島に戻ることができて幸せでした。自分の意思で選択したのだから、何も文句はないし、たとえ失敗していたとしても、言い訳も文句も言えない。そういう意味ではよかったと思います。ただ、プロ野球全体のことを考えると、戦力均衡という意味で逆指名はない方がいいでしょうね。カープもその制度が廃止された頃からのドラフト戦略が成功して、2016年からの3連覇につながった。だからドラフトは現状のままでいいので、選手の権利のためにFA権取得までの期間を短くするなど、改善していけばいいと思います」

(大久保泰伸 / Yasunobu Okubo)

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