米国代表を率いたソーシア監督が名将と呼ばれる理由 期間中に見せた関係者への気配り
メジャーで19年間指揮を執り、ワールドシリーズを制した経験もあるマイク・ソーシア監督
東京五輪の野球米国代表は決勝で日本に敗れて、銀メダルに終わった。マイナーリーグの選手中心で母国の期待も薄い中、頂点まであと一歩に迫った大きな要因は、マイク・ソーシア監督の手腕にある。連日、米国代表の練習を見てきたスタジアムの運営担当者が、名将の秘話を明かした。
短期決戦の五輪。普段は違うチームでプレーする選手の力を結集するには、監督の力が大きく左右する。統率力や気配りに覚悟。メジャーで19年間指揮を執り、ワールドシリーズを制した経験もあるソーシア監督が、名将と呼ばれるゆえんを松浦健介(まつうら・たけゆき)さんは間近で目にした。
松浦さんは横浜高、法大を経て、JR東日本でプレー。その後、長く同社でマネジャーを務めた経験を持つ。東京五輪の公式練習場となっていた都内の大田スタジアムで球場の運営や管理などをしていた。各国の練習スケジュールと、それに伴うボランティアの調整もしていたため、代表チームの首脳陣と話す機会が多かった。中でも、よく話しかけられたのが米国のソーシア監督。きっかけは、練習初日に受けた依頼だった。
米国代表がシート打撃をしていた時、投手が不満を示した。理由は「柔らかいマウンド」。米国のマウンドは日本と比べて硬い。国際試合に合わせて、大田スタジアムもブルペンのマウンドは硬くしていたが、メインのマウンドは日本仕様のままだった。松浦さんはソーシア監督に呼ばれ「次の練習までにマウンドを硬くしておいてくれ」と要望された。
柔らかいマウンドを硬くするのは簡単ではない。マウンドを掘って、ブロックを入れて、土を叩いて。松浦さんは、1週間以上かかることを経験から知っていた。しかし、米国の次の練習は2日後。到底間に合わない。松浦さんは“応急処置”として、マウンドに水をかけて土を叩く作業を何度も何度も繰り返した。米国の練習が始まる直前までマウンドを叩いていると、ソーシア監督が近づいてくる。「その行動だけで十分だ。ありがとう」。笑顔で声をかける指揮官に、松浦さんは「国際仕様のような硬さにはできませんでしたが、できることはやりました」と答えた。