殻を破れば「人生が変わるんです」 元阪神・桧山進次郎がプロ入りを確信した“転機”

元阪神・桧山進次郎氏【写真:荒川祐史】
元阪神・桧山進次郎氏【写真:荒川祐史】

「篠塚タイプ」の巧打者が一念発起の大変身

 スポーツ選手はいくつもの転機を経て成長していく。プロという頂点の舞台にたどり着いた選手はなおさらだ。プロ野球の阪神で“代打の神様”として活躍した桧山進次郎氏は、東洋大2年夏の変身でプロに行けると確信したと振り返る。Full-Countの連載「プロフェッショナルの転機」では、その時、何があったのかを掘り下げていく。

 桧山氏が2年春のリーグ戦、東洋大は2部に落ちていた。高橋昭雄監督は当時、打てない桧山氏をスタメンで使い続けた。さらに全体練習が終われば、監督に「捕まって」の、マンツーマンでの打撃練習が日課。2時間、3時間とバットを振り続けた。

 短い夏のオフ、京都の実家に戻った。このままでは、秋も監督に「捕まる」のは目に見えていた。何かを変えなければいけないと気が付いた。

 桧山氏は身長177センチ。野球選手としては決して大型ではない。それまでは「篠塚(元巨人)タイプと思ってました」と言うように、巧い打撃を目指していた。それを変えるきっかけは、巨人戦のテレビ中継だった。当時、桧山氏と同じ左打者には駒田徳広、吉村禎章、岡崎郁らがいた。目を奪われたのは、岡崎の打撃だ。

「体が大きいイメージはないのに、フルスイングしていたんですよ。『これや』と。自分も振り切らなアカンと思ったんですよね」

 実家に残っていた少年時代の練習場で、ティー打撃からフルスイングを繰り返した。迎えた長野での夏合宿。打球はピンポン玉のように飛んで行った。当たればほとんどが柵越え。右翼の先に止まっていた車のガラスを割り、監督が謝罪に向かう騒ぎになった。監督が集合をかけ「見てみろ、桧山の打撃を」とお手本に指名するほどだった。

 1部リーグに再昇格した秋シーズンには首位打者を獲得、プロに「行ける」という自信が芽生えた。「考え方が変われば、見る世界も変わるということですよ。そうすれば結果として、人生も変わるんです」。桧山氏の成長物語は、自ら殻を破ることの大切さを教えてくれる。

□桧山進次郎(ひやま・しんじろう)1969年7月1日生まれ、京都市出身。平安高から東洋大へ進み、東都大学リーグではベストナイン3度受賞。1991年にドラフト4位指名を受け阪神入りした。1995年に右翼の定位置を掴み、115試合に出場。2003年、2005年のリーグ優勝には中心打者として貢献した。プロでの通算成績は1959試合出場、1263安打、159本塁打、707打点。打率.260。通算代打起用757回、158安打はいずれもプロ野球史上2位。身長177センチ、体重78キロ、右投左打。

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