まさかの成績不振→戦力外も…ブレークするかは別問題? NPB登録名変更の“その後”

日本ハム・新庄剛志監督(左)とマリナーズ・イチロー氏【写真:荒川祐史、戸川知世】
日本ハム・新庄剛志監督(左)とマリナーズ・イチロー氏【写真:荒川祐史、戸川知世】

イチロー、松井稼頭央、石井琢朗らが大ブレークも……

 中日は11日、高卒3年目・土田龍空内野手の登録名を「龍空(りゅうく)」に変更すると発表した。ユニホームの背ネームは「RYUKU」、スコアボード表記も「龍空」となる。球界では登録名を変えるケースが多々あり、登録名変更後に大ブレークする選手がいれば、思うように成績を伸ばせない選手もいる。

 名字なしの登録名変更で大躍進した選手といえば、やはりイチローが筆頭だろう。1994年、オリックスの仰木彬監督は、若手の鈴木一朗と佐藤和弘を「イチロー」「パンチ」と登録。この年にイチローが大ブレークしたために、ロッテのサブロー(大村三郎)、ヤクルトのカツノリ(野村克則)と名字なしの登録名が流行った。

 現役選手でも楽天・銀次(赤見内銀次)、巨人・大勢(翁田大勢)は新人時代から名字なしの登録名だ。銀次は高卒7年目の2012年から1軍定着。球団日本人初の名字なし登録名だった大勢は37セーブを挙げて新人王に輝いた。

 名前の登録名変更した選手も数多くいる。登録名変更でブレークした選手には山本浩二(山本浩司)、津田恒実(津田恒美)、松井稼頭央(松井和夫)、石井琢朗(石井忠徳)ら。中日で通算1820安打を記録し、監督を務めた中利夫は入団時に「利夫」。1964年に「三夫」、1965年に「暁生」。ちなみに1960年から8年連続でシーズン120安打以上と安定した成績を残している。監督時代は「利夫」。コーチ時代に「登志雄」としたこともあった。

 近年では松坂世代の1人、後藤武敏か。DeNA移籍後、2015年から「後藤武敏 G.」、2016年は「後藤 G 武敏」、2017年は「G. 後藤武敏」、2018年は「G 後藤武敏」と登録名を変えた。Gは愛称のゴメスにちなんだものだが、かなりのこだわりを感じる。ちなみに、成績は登録変更から年々落としていった印象だ。

 移籍を機に登録名を変える選手もいる。昨季限りで現役引退した金子千尋は日本ハムへ移籍した2019年から2021年まで「金子弌大」に。今江敏晃は楽天に移籍した2017年から現役引退する2019年まで「今江年晶」に変えた。ただ、輝かしい活躍を見せた以前の登録名を上回る活躍は難しかったか。

 昨年変更した選手では楽天・岩見雅紀が「岩見政暉」、育成の山崎真彰が「マーキ」と変更したが、共に昨季終了後に戦力外通告を受けた。日本ハムでの現役時代に「SHINJO」で登録した新庄剛志監督の昨季登録名は「BIGBOSS」。しかし9年ぶりのリーグ最下位と思うように結果を残せなかった。

(Full-Count編集部)

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