22歳でCY賞&MVP…アスレチックスのレジェンドが死去 球団追悼「永遠に友人」
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1972~74年のWS3連覇に貢献したバイダ・ブルー氏
1971年に最年少でリーグMVPに選出され、アスレチックスの3年連続ワールドシリーズ制覇(1972~74年)に貢献した通算209勝左腕、バイダ・ブルー氏が死去したとMLB公式が伝えた。73歳だった。
ブルー氏は1967年ドラフト2巡目でアスレチックスに入団し、1969年に19歳でメジャーデビュー。1970年9月21日のツインズ戦で、21歳55日でノーヒットノーランを達成した。飛ぶボールが使われ始めた1920年以降では現在でも最年少記録だ。
22歳シーズンの1971年には24勝8敗、防御率1.82をマーク。ア・リーグのサイ・ヤング賞とMVPを同時受賞した。ジャイアンツ、ロイヤルズにも在籍し、17年間プレー。オールスターに6度選出され、両リーグでオールスターの先発を務めた初の選手だった。
通算3343回1/3を投げ、209勝161敗、防御率3.27、2175奪三振、143完投、37完封を記録した。コカイン購入を試みて実刑判決を受け、出場停止処分を受けて1984年シーズンを欠場した。2019年にアスレチックスのチーム殿堂入りを果たしている。
最近、ブルー氏と話す機会があったというアスレチックスのマーク・コッツェイ監督は「オークランド・アスレチックスを愛していた。彼がこの組織に与えたインパクトは今でも感じる。今日は間違いなく悲しい日だ」と語った。
アスレチックスはSNSで「バイダは永遠にチームのレジェンドで友人です」と追悼。ジャイアンツも「バイダ・ブルーの訃報に触れ、悲しみに包まれています」と追悼コメントを発表した。
(Full-Count編集部)
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