知的障害ある球児が甲子園へ踏み出す第一歩 都立青鳥特別支援学校が西東京大会初出場へ

10日の予選に向けて練習に励む6人の部員たち【写真:編集部】
10日の予選に向けて練習に励む6人の部員たち【写真:編集部】

ベースボール部6人が西東京大会に連合チームで参加…10日に初戦

 放課後の校庭。練習着姿で白球を追いながら、都立青鳥特別支援学校(青鳥)のベースボール部員6人は新たな挑戦に目を輝かせている。彼らが通う青鳥は今年5月、東京都高等学校野球連盟(都高野連)への加盟を認められた。今月10日には松蔭大付属松蔭高、都立深沢高と連合チームを組み、第105回全国高校野球選手権西東京大会の初戦に臨む。都高野連に特別支援学校が加盟するのは初めてのこと。高校野球の歴史に新たな1ページが加わることになりそうだ。

 全国的に見ても、特別支援学校で硬式野球に取り組んでいる学校は珍しい。知的障害のある生徒が硬式球を取り扱うのは危険だという理由から学校が許可しないケースが多く、中学まで軟式・硬式野球に励んでいた生徒でも特別支援学校では野球を諦めなければならなかった。かつての青鳥も同じ状況にあったという。

 青鳥には長らくソフトボールやティーボールを中心に活動する球技部があったが、レクリエーション的要素が強かった。だが、知的障害がある生徒の中にも運動能力が高く、かつ野球好きで真剣に取り組みたい生徒がいることを知った久保田浩司先生は2021年、硬式球を使った活動をするベースボール部の立ち上げに着手。同時に、元ロッテの荻野忠寛さんらとともに「甲子園夢プロジェクト」をスタートさせ、知的障害がある生徒が野球に取り組める機会を作ってきた。

 青鳥でベースボール部を立ち上げるにあたり、久保田先生は部活動が生徒にもたらす意義や安全性を確保する方法などを学校に説明した。2022年に赴任してきた諏訪肇校長と何度も協議を重ねながら、最終的には学校の全面的なバックアップを得ることに成功。同年、正式にベースボール部としての活動が始まった。

 入部希望者は10人を超えたが、野球経験者は半数もおらず。技術レベルはもちろん、ルールなどの理解度もそれぞれだったが、「生徒は一生懸命ボールを追いかけてくれる。できなかったことができるようになった時の喜びは、その一つ一つが生徒たちにとって成功体験になっているし、やる気に繋がっているように見えました」と久保田先生は振り返る。

走塁や牽制時の帰塁の仕方など基礎からしっかり復習する部員たち【写真:編集部】
走塁や牽制時の帰塁の仕方など基礎からしっかり復習する部員たち【写真:編集部】

学校の全面バックアップで得た都高野連の理解

 高校生で硬式野球をしていれば、目指したくなるのが甲子園の舞台。それは特別支援学校の生徒も変わらない。そこで久保田先生は学校の許可を得て、昨年12月に都高野連へ電話をかけて加盟したい旨を伝えたという。たびたび電話で理事たちに熱意を伝える中、根岸雅則理事長と電話で話した折には、鹿児島では鹿児島高等特別支援学校が県高野連に加盟して連合チームとして活動し続けていることや、昨年は愛知で豊川特別支援学校の生徒が連合チームで県予選に参加した前例を挙げ、東京都でも加盟許可を考えてほしいと訴えた。

 すると、3月に根岸理事長ほか理事3人が青鳥を訪問して実際に練習を見学し、野球のレベルや安全性などを確認した他、諏訪校長や久保田先生と意見交換。加盟が許可された場合には、教員の異動などがあってもベースボール部の活動を継続できるかなどを確かめたという。

「校長が『私の責任で部の活動を継続できるよう引き継ぎもしますし、教員の補充も含め体制を整えます』と断言してくれました。生徒の保護者も駆けつけて、特別支援学校の生徒たちが一般の高校生と同じ土俵で活動できることの意義深さを伝えてくれたり、色々な方がサポートしてくれました」

 朗報が飛び込んできたのは4月下旬のこと。来校した根岸理事長から加盟を認める方針と、5月中に手続きを済ませてほしい旨を伝えられた。「都高野連として特別支援学校の加盟は初めてのこと。不安も多かったと思いますが、根岸理事長や理事の皆さんが自ら生徒の活動をご覧になって、懸念点も丁寧に確認してくださった。さらに、加盟内諾の連絡もしっかり学校まで足を運んでくださったことに感謝しています」と久保田先生は話す。

出場する夏の大会に向けてバットを振り込む主将の山口くん(右)【写真:編集部】
出場する夏の大会に向けてバットを振り込む主将の山口くん(右)【写真:編集部】

いずれは「プレーで注目されるような状況になってほしい」

 部員たちにとっても驚きの知らせだったようだ。主将を務める3年生の山口大河くんは「信じられませんでした。(甲子園につながる大会に)出場できるなんてすごいこと。大会が近づくにつれ、少しずつワクワクしています」と喜びを口にする。連合チームとしての活動も始まっており、主に左翼を守る山口くんは初めて出場した練習試合で初ヒットを記録した。

 久保田先生と池端純也先生、4月に赴任した南波健先生と水野亮先生も新たにベースボール部の指導に参加。放課後の練習ではキャッチボールやノックなどの基本に加え、一塁・二塁・三塁それぞれで走者になった時の打球判断の仕方や、ベースコーチとなった時の声の掛け方など、野球の基礎について丁寧におさらいする時間も設けている。

「練習時間は他校より短いかもしれないけど、生徒は一生懸命やっているし、どこよりも色々なことを教えているつもりです」と久保田先生。技術レベルや理解のスピードなどは部員6人それぞれだが、先生たちは個々に響く言葉や表現を探しながら寄り添った指導を実践している。

 初戦を10日に控え、山口くんは「チームとして行けるところまで頑張りたいです。まずは1勝できたら」と意気込む。山口くんをはじめとする部員たちの姿を頼もしそうに見つめながら、久保田先生はこう話した。

「まずは楽しんで、緊張するかもしれないけど、出せる力を出してほしいと思います。連合チームとして初めての練習試合で、ど緊張の中でヒットを打った山口は、次の日から目の色を変えて練習をしていました。6月になって練習着で練習をするようになると、他の生徒や保護者をはじめ、みんながカッコいいって言ってくれるんですよ。そうすると部員たちは本当に嬉しそうで。少年野球で味わう喜びを、高校生になって初めて味わえた。その経験がやる気にも繋がるんですよね」

 近い将来には、単独チームとして大会出場ができるように取り組みたいという久保田先生。今回、青鳥の生徒たちが連合チームで出場することで、知的障害がある生徒でも野球ができるという理解が進むことを願っている。「今は東京都で初めてなので注目されていますが、いずれは特別支援学校が参加することが普通になって、生徒がそれぞれのプレーで注目されるような状況になってほしいと思います」。そこに繋がる第一歩は、10日12時半、プレーボールの掛け声とともに刻まれる。

(佐藤直子 / Naoko Sato)

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