スター揃いの3年生を上回った同級生・松井秀喜の衝撃 井口資仁氏が語る高校時代

星稜高校時代の松井秀喜氏【写真:共同通信社】
星稜高校時代の松井秀喜氏【写真:共同通信社】

サントリードリームマッチで大活躍の井口氏が語る同学年スラッガー

 暦は8月を迎えて夏本番。厳しい暑さが続く中、いよいよ日米ともにペナントレースが本格化する。プロが熱い戦いを繰り広げるのと同じように、今夏もまた8月6日に全国高等学校野球選手権大会が開幕し、球児たちが甲子園を舞台に真剣勝負を展開。全国3486校の頂点に立つべく白球を追う。

 32年前、1991年の第73回大会に出場したのが、野球評論家の井口資仁氏だ。当時、國學院大学久我山高で2年生ながら「3番・遊撃」として先発出場。チームは1回戦で池田高(徳島)と対戦し、延長10回の末、4-5で敗れた。目標とする甲子園に出場した嬉しさが半分、1回戦で終わってしまった悔しさが半分。井口氏に甲子園の思い出と合わせて、先日初出場したサントリードリームマッチについても語ってもらった。

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 7月31日にサントリードリームマッチに初めて参加してきました。名球会のイベントでよく顔を合わせる人もいれば、レジェンド級の方々とも一緒に野球をすることができ、とても楽しい時間を過ごすことができました。

 ザ・プレミアム・モルツ球団の一員として「6番・三塁」で先発出場。昨年12月以来の硬式球を使った試合だったので、久々に守って緊張しましたが、2回には初芝(清)さんの左翼へ抜けそうな強烈な打球にうまく反応できました。打席では、2回の第1打席に振り逃げで出塁。里崎(智也)が逸れたボールをゆっくり拾いに行くのが見えたので、「これは!」と止まらずに久々のダッシュで二塁まで行きました(笑)。常に1つ先の塁を狙う。監督の時に日頃、選手に言ってきたことを実践した形ですね。

 今回一番ビックリしたのは、篠塚(和典)さんの動きです。今年で66歳になられたということですが現役時代と全然変わらず、普通にノックを受けて、普通に守備をこなしていた。いやぁ、凄すぎますね。スイングも当時の柔らかいまま。僕が小学生の頃の巨人と言えば、篠塚さんと原(辰徳)さんがバリバリ活躍なさっていたので、「あ、篠塚だ!」と子どもの頃に戻ったような気分でした。

 4万人を超えるお客さんが集まって下さった中、いい緊張感を持って楽しく野球ができたとはいえ、事前に打撃練習をしていなかったので打球が全く前に飛ばず、現役時代以来6年ぶりくらいに見た変化球にも対応できず、悔しくなかったと言えば嘘になります。来年に向けて、もう少し体を鍛えなければいけませんね。ウエートをして、打ち込みもして、来年は「目指せ、ホームラン」でいきたいと思います!

野球評論家の井口資仁氏【写真:荒川祐史】
野球評論家の井口資仁氏【写真:荒川祐史】

「甲子園の星」と見比べたスター揃いの3年生たち

 8月6日からは甲子園が開幕します。今年はどんな大会になるのか楽しみですね。高校球児といえば、甲子園で野球をすることが一番の目標。僕は高校2年生だった1991年に夏の大会に出場することができました。実際にプレーした憧れの甲子園では、緊張と高揚感でなんだかフワフワしている感じだったのを覚えています。初めての球場で、あれだけのお客さんがいる前でプレーしたことがない。1回戦は池田(徳島)と対戦して延長10回に4-5で負けてしまいましたが、第4試合だったので試合が終わる時には空が暗くなり始めていたのを覚えています。

 あの年は3年生に数多くのスターがいました。桐蔭学園(神奈川)の高木大成さん、我孫子(千葉)の荒井修光さん、松商学園(長野)の上田佳範さん。当時「甲子園の星」という雑誌の表紙を飾っていたのが、この3人です。その他にも、学法石川(福島)には川越英隆さんがいて、初出場の大阪桐蔭には春の大会でノーヒットノーランをした和田友貴彦さんや萩原誠さん、沖縄水産には大野倫さんがいました。こういった3年生たちと「甲子園の星」と見比べながら「すごいメンバーだな」と思ったものです(笑)。

 でも、やはり最大の衝撃は星稜(石川)の松井秀喜でした。「星稜・松井」という名前は知っていたものの、実際に生で見るのは甲子園が初めて。体は人一倍大きいし、スイングは凄い。「同級生にこんなヤツがいるんだ。化け物だな」というのが率直な感想でした。

 母校の國学院久我山高は文武両道を掲げていたので、野球に専念すればいいという学校ではありませんでした。平日の活動時間は授業が終わった午後4時から、完全下校時間しなければならない午後6時まで。実質、2時間を欠く練習時間の中で、当時は練習環境にも恵まれない中、まさか2年生で甲子園の土を踏むことができるとは思いませんでした。

 あまり広くない校庭では、野球部やサッカー部など複数の運動部が活動していました。だから、野球部が使用できる範囲では遊撃の定位置まで取れないし、右翼も70メートルないくらい。平日は週1回、月曜日しかグラウンドを全面使用できないので、毎日が守備練習。木曜日はまったくグラウンドが使えず、思いきりバッティング練習ができるのは月曜日と土曜日くらいでした。

限られた練習時間と環境をメリットとするのは考え方次第

 ただ、練習時間や環境が限られていた分、全体練習以外の時間で何をするか、自分で考えながら練習をしていました。学校からの帰り道では近くにある、井の頭公園に立ち寄って、そこにある坂道を利用しながらトレーニングをしていましたね。やらされる練習ではなく、自分で考える練習が身に付いたように思います。後に進んだ青山学院大も自分で考えることを重視していたので、自然と考える力を身につけることができました。

 今、部活改革などで活動時間が短くなっている学校もあるのではないかと思います。それをデメリットとするのか、メリットとするのかは捉え方次第。僕は選手が考える力を備えるにはいいチャンスだと思います。

 甲子園は毎年、その在り方について様々な意見が飛び交う大会です。野球部だけではなく、ブラスバンドやチア、保護者の皆さんにとっても晴れの舞台。時代に沿った形に変化させながら、長らく続いてほしい大会だと思っています。そう考えた時、地方大会で酷暑の中で野球をする選手の姿は心配であり、かわいそうでした。5回終了時に10分間のクーリングタイムがありますが、それでは十分ではないくらいの暑さです。暑さ対策として数年前から白いスパイクが解禁されましたが、選手の健康を考えてナイターを採用するなど、大人たちが動かなければいけません。また、神奈川大会決勝の慶応-横浜を見ると、高校野球でのビデオ判定導入を議論するのもいいでしょう。少なくとも甲子園にビデオ判定の設備は整っているはずです。まずは本大会のみ導入してみるのも一つの手だと思います。

 最後に、今年出場する選手の皆さん、聖地と呼ばれる甲子園では、おそらく舞い上がっている間に試合は終わってしまうと思います。それでも、特に3年生は思い残すことがないよう、思いきりプレーしてきてください。

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