「鳥谷と青木は違った」 世界で活躍する娘に…元広島戦士が伝授した“成功のコツ”
広島の編成課長、比嘉寿光氏の長女は2023世界水泳で金メダルを獲得
2023年夏、広島編成部編成課長の比嘉寿光氏は慌ただしく各地を飛び回っている。編成のプロ担当になって9年目のシーズン。トレード、FA、現役ドラフトなどに備えて、他球団の選手を調査するのがメインの仕事だ。「自分のチームに足りないパーツはどこかを考え、球団から足りないところを言われた時に『この選手がいます』って言える準備をしています」。大きな励みもある。アーティスティックスイミングで活躍する長女・もえさんの存在だ。
比嘉氏は選手チェックを綿密に行っている。「その選手がウチに入って交えるか、大丈夫かというのを一番気にして見ています。カープの選手は手を抜かないとか、そういった伝統はこれからも残していかなければいけないものだと思うので、グラウンドでチンタラやる選手は絶対に推薦しません」ときっぱりだ。
そのために「調べられる範囲内でその選手の性格じゃないですけど、どういう選手かってところまでは知りたい」という。「その選手が入団した後に、実はこうだったと内部で言われるのは嫌なんで、比嘉が呼んできた選手は人間性もバッチリだなって言われるくらいの調査はしています」とも言い切った。「聞く相手を間違ったら違った方向に行ってしまうので」と母校の沖縄尚学や早稲田大の人脈も駆使したりして正確な情報を収集しているそうだ。
先日まで行われた「世界水泳選手権2023福岡大会」にアーティスティックスイミングの日本代表選手として出場した15歳の長女・もえさんの活躍も比嘉氏のパワーの源だ。もえさんは同大会のデュエットテクニカルルーティンで金メダルを獲得した。「娘からは刺激しかもらってないですね」と言う。「もともとはウチの妻がシンクロって競技があるねって見つけてきて、娘も泳ぐのが好きだから、じゃあ体験入部してみようかって言ってやらせたら、あれよ、あれよと……」。
もえさんは小学5年の時に全国ジュニアオリンピックカップのソロ競技で優勝するなど、どんどん注目の存在となっていった。「小学生の時に日本一になって、僕も野球で日本一を経験していたんで、こいつ、もう肩を並べてきたと思った。別にライバル意識じゃないですけどね。日本代表合宿に行きだしてから考え方も変わってきた。本人の口で『オリンピックでメダルを取りたい』と言い出したんでね」と言って比嘉氏は目を細め、さらにこう続けた。
娘に伝えた「目標は高く言いなさい」
「(早稲田大同期の)鳥谷(元阪神、ロッテ)と青木(現ヤクルト)の目標と僕の目標は設定が違っていた。僕はどっちかというとプロに入るのがゴール、鳥谷や青木にはプロに入って何年か後にはこれくらい稼いでFAをとって、という設定。だからこういう結果になったという話を娘にも普段からしていた。目標は高く言いなさい、最初はみんなバカにするかもしれないけど、そこに近づくために、あなたは努力するんだろって言っていたのが頭の隅にあるんじゃないですかね」
プロでは思うような活躍ができなかった自身の反省も踏まえて、もえさんに話していたことが、もしも役に立ったのならうれしくもなる。「(中学の時)彼女は家に帰ってきてヘトヘトのはずなのに、iPadで自分の練習を撮ったやつを必ず毎日見返して、それを当たり前の作業にしていったんですけど、その辺も僕とは違うなと思いました」と、またにっこりだ。
もえさんは2023年4月から大阪の四天王寺高校に進学。会う機会は減ったが「僕的には心のサポートができればいいかなって思っています。悩みとかがあったら気兼ねなく僕ら両親にSOSを出してくれるくらいのコミュニケーションは怠らずにとりたい」と力を込める。「すごい夢を与えるようなトップアスリートになってほしいんで、常に誰かが見ていることを意識しなさいと言っていますけどね。まぁ、周りを巻き込んで応援しますよ」。
もちろん、娘に負けてもいられない。「編成を10年近くやらせてもらって、これだけ野球を見た知識とか情報というのをこれからのカープのチーム作りにも生かしていきたいし、広島カープってこんなにいい会社なんだなって思ってもらえるようなことを目指している。もともと野球が好きなんだなって気付いたのもこの仕事に就いてからですし、やっぱり見れば見るほど野球って奥が深いなって思う。今の仕事を与えてもらって、すごく感謝しています」。
沖縄尚学時代に全国制覇(1999年春)、早稲田大学時代には東京六大学野球リーグ戦で4連覇(2002年~2003年)、ドラフト3位で入団した広島ではプロ初打席初本塁打(2005年)。現役引退(2009年)後はカープ女子の火付け役になり、長女は有名アスリート……。プロでは苦しい思いも経験したとはいえ、比嘉氏には輝かしい過去があった。だが、これで終わりではない。未来に向けて、さらに自身の歴史をバージョンアップさせていくはずだ。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)