鈴木誠也は「こんなものじゃない」 元ヤ軍監督の金言…弱点解消も「長所が消えた」
強面の入国管理官の表情が一変「知らないわけがない」
Baseball is the America’s national pastime. (野球はアメリカの国民的娯楽)と言われるように、アメリカでは日常のここかしこに野球の存在を感じ取ることができる。例えば、街角の小さなクリーニング店には「地元チームが勝った翌日は20%引き!」と書かれたポスターが貼られていたり、熱烈なホワイトソックス党で知られるバラク・オバマ元大統領のように何度も洗濯しすぎてほとんどグレーにまで色落ちしたキャップを誇りに被り続ける人がいたり。人気という面ではNFLやNBAに押されがちなことは否めないが、毎朝立ち寄るカフェでの挨拶は地元チームの試合結果から始まることが多い。
先日、4年ぶりにメジャー取材に出掛けた。シカゴのオヘア空港で入国審査の列に並び、「ネクスト!」と大声で呼ばれて向かった先には、年の頃は30代後半、屈強な体つきをした白人男性の入国審査官がいる。「おはようございます」とパスポートと報道用ビザを提示すると、こちらを眼光鋭く一瞥して一言。「仕事は?」。少し高い位置からかかる“圧”を感じながらも説明を始めた。
「えっと、こう見えても野球記者なんです。コロナ禍の影響で4年ぶりの取材です。今回は色々な場所を回る予定なんですけど、まずはカブスからスタートしようかと。ご存じか分かりませんが、カブスには日本人選手がいて……」
「セイヤ、セイヤ・スズキだろ。知らないわけがないじゃないか」
ふと見上げると、鋭い目つきはどこへやら。代わりに満面の笑みを浮かべたまま、こう続けた。
「元々カブスファンだけど、セイヤが来た時はこんな偶然があるのかって驚いたよ。私の義母が広島出身でカープの大ファンなんだ。家族旅行で広島に行った時は、もちろんZoom-Zoomスタジアムでカープを応援してね。その時、クリーンナップを打っていたのがセイヤだったから、『あのスズキがカブスに来るのか!』って家族全員で大喜び。もっと言うと、実はウチの息子の名前がセイヤなんだ。すごい偶然だろ? いつか会える日が来ることを願っているんだ」
元ヤンキース監督のジラルディ氏が分析「変化球を追わなくなった」
聞けば、父子でたびたびカブスの本拠地・リグレーフィールドに出かけ、外野のブリーチャー席から声援を送っているという。メジャー1年目の昨季は打率.262、14本塁打、46打点の成績で、今季はそれと同じ、もしくはやや上回るかというペース。地元メディアではたびたび、クリーンナップとしての物足りなさが指摘されているが、もう1人のセイヤの父が示した見解は……?
「確かに契約の大きさを考えれば、もう一声と言いたいところ。でも、もしセイヤがいなければ、カブス打線はどうなっていたと思う? 目も当てられない状態だろう。彼の良さが出し切れていないのは、チーム状況もあると思う。去年はセイヤを援護できる打者がいなかった。今年からベリンジャーが加わったことは大きいけれど、膝の故障でしばらく離脱していたし。でも、大丈夫。カープの時のように、セイヤがスーパースターの活躍をする日は必ず来るから」
勢いよくガシャンと響いた入国許可のスタンプを押す音は、鈴木誠也に送られた大きな応援の声にも聞こえた。
カブスの実況席にもまた、セイヤの活躍を願ってやまない人がいる。球団OBでヤンキースやフィリーズなどで監督を務めたジョー・ジラルディ氏だ。今季からカブスの専属解説者となったジラルディ氏は「セイヤの実力はこんなもんじゃない」と期待する。
今季の鈴木はよく米メディアから「初球を振らない男」との指摘を受けている。確かにデータサイト「ベースボール・リファレンス」を見ると、今季の鈴木は401打席に立っているが初球を振ったのは53打席、おおよそ8打席に1度の割合だ(現地8月14日終了現在)。だが、昨季も446打席のうち初球を振ったのは55打席で、おおよそ9打席に1度の割合とほぼ変化はない。それでも今季の方が初球を振らないイメージが強いのはなぜか。「それは変化球を追わなくなったからだろう」とジラルディ氏は見ている。
「セイヤが深いカウントまで持ち込んで、打席で消極的に見えてしまうのは、今年はスライダーやカーブといった変化球を深追いしなくなったからだろう。昨年は速球を打ちまくっていたが、変化球には苦しめられた。その対策として変化球を追わないように気を付けているんだと思う。そのおかげで今年は変化球の打率が上がったが、一方で速球の打率は下がっている。だから、痛烈な打球が減った印象を与えているんだろう」
「セイヤには技術と体の強さというツールがある」
ジラルディ氏の言葉を補足しよう。データサイト「ベースボール・サバント」によれば、昨季の鈴木は速球(Fastball)は打率.307、スライダーやカーブといった変化球(Breaking-ball)は打率.202だった。それが今季は速球が打率.251、変化球が打率.283と逆転している。「弱点を解消するはずが、長所も消すことになってしまったのでは」とジラルディ氏は話す。
「セイヤが持つ魅力の1つは、速球に対する思いきりのいいスイングだ。だが、変化球を気にするあまり、その良さが消えてしまった。良さを残しながら、いい塩梅を探りたいとことだが、これが難しい。ただ、今のセイヤは自分のリズムを取り戻すことが大切だと思う。カウント深く球数を投げさせることも好打者の条件だが、今は初球であっても打ち頃の球が来たらバットを振った方が、自分本来のリズムを取り戻すきっかけになるのではないかと思う」
ヤンキースの監督時代には、イチローや黒田博樹、田中将大といった日本人選手たちと共に戦った。彼らを取り巻く環境や重ねた努力の大きさを知るからこそ、鈴木にこんなアドバイスを送る。
「日本人選手の肩にかかる期待とプレッシャーの大きさは半端じゃない。それに応えようと努力する姿も見てきたが、全員を喜ばせようするなんて到底無理なこと。声援は有難く受け止めながらも、まずは自分が気持ちよくプレーできることが大事。野球はメンタルが結果を大きく左右するスポーツだ。セイヤには技術と体の強さというツールがある。自分らしさを忘れずにいること。これがカギじゃないかな」
シカゴの街やリグレーフィールドでは、日本で想像する以上に多くの「SUZUKI」「鈴木」と入ったユニホームやTシャツを着ているファンに遭遇する。そして誰もが口にするのが「まだまだ、こんなもんじゃない」という期待と激励の言葉だ。ポストシーズン進出争いは、ここからが佳境。そして8月を迎え、バットからは快音が響き続けている。鈴木誠也らしさに溢れる痛烈なバッティング、心待ちにしよう。
(佐藤直子 / Naoko Sato)