悩み、苦しみ、たどり着いた自然な形 ダルビッシュ有が深めた自己理解と自己肯定
追い求めてきた“独特の感覚” 「日常生活までハッピーになる」
メジャー12年目の今季、ダルビッシュ有は野茂英雄氏を抜いて日本人投手最多となるメジャー通算1919奪三振を記録した。日米通算200勝も射程内に見据える今、37歳を迎えた右腕はマウンド上で無理なく自然なピッチングに臨めているという。
「やっと自分の体やフォームのことを理解してきたので、持って生まれた本来のフォームで投げられているのかなと感じます。今は1個1個メカニクスを考えて投げるのではなく、ある程度、リズムやタイミングでわかることもある。自然に投げられるよう自分の脳が出す指令を実行するために、自分の体を理解し、準備して投げるという形ですね。すごくいい感じで投げられていると思います」
無理のないピッチングができるようになった結果、追い求めている「独特の感覚」を得る回数が増えてきた。「とにかく自分が一番気持ちよく投げられるように」と、試行錯誤を繰り返してきた結果でもある。
「リリースの時に快感がある、というか。例えば、98マイル(約158キロ)出たとしても自分の感覚が悪い時はすごく嫌な感じが残るし、95、96マイル(約153キロ前後)でもボールが指先にちゃんと掛かった時は独特の感覚があって、日常生活までハッピーになる。その感覚をずっと追い求めているんです。結果ももちろん大切ですけど、僕はそのために色々な引き出しを作ってきた感じですね」
ここ最近、特に球宴休みが明けて以降は「キャッチボールでも真っ直ぐの威力が全然違うんですよ」とうれしそうに話す。「ブルペンでも試合でも、真っ直ぐのコントロールがとにかくいい。フォーシームもツーシームも今までにないくらいコントロールがいいんです」と、自然な形にたどり着いた効果が現れている。
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移籍当時の自分に掛けたい言葉とは…
自然、と言っても、何も考えずに投げているわけではない。以前よりもむしろ「今の方が考えていると思います」。ただし、考えを巡らす対象がより絞られ、ピッチングにフォーカスできるようになった。メジャー移籍後の数年は「色々なことと戦っていましたから」と苦笑いを浮かべる。
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「当時は環境へのアジャストがあったり、コーチと方向性が合わずに困ったり。実際はそんなことはなかったと思うんですけど、何か違うことをしたら叩かれるんじゃないかと周囲を気にしたり。それで自分の感覚を失ってしまった。苦しんでいたなと思います。もし当時の僕に声を掛けられるとしたら、『気にせず思いきり投げたらいいよ』って言いたいですけど(笑)」
時にSNSやメディアを通じて舌鋒鋭い意見を発信する、オピニオンリーダー的側面が注目を集めるが、同時に周囲の空気や雰囲気を敏感に読み取る繊細な一面も持つ。マウンド上で打者との対戦を終えてもなお、自分を守るため無意識のうちにファイティングポーズをとり続けていたのかもしれない。
「前よりも少し、自分が色々なところに優しくなれている」
いつしか構えた拳を下ろすことができたのは、メジャーで重ねた年月であり、手術やトレード、ワールドシリーズといった経験であり、そして一番近くで支えてくれる家族の影響が大きい。「それありきで今の自分がいるのは100%確かなので」。海を渡って11年あまり。成功も試練も、笑顔も涙も、すべての要素が糧となり、今がある。
若い頃から絶対的エースであり続けたが、メジャーでは様々な立場に身を置くことになり、「本当の意味で人の苦しみや痛みを知ることができました」。同時に、家族が教えてくれた“自分のためだけではなく、誰かのために”という価値観のおかげもあり、「前よりも少し、自分が色々なところに優しくなれているのかなって思います」と柔和な笑みを浮かべる。
何よりも大きな変化は、自分自身に対して優しくなれるようになったことだ。幼い頃から「性格的に完璧主義。やることはちゃんとできないと嫌だった」と言い、周囲に求められる姿に対しても完璧に応えようと、小さなミスさえ許しがたかった。自分に完璧を求めるあまり、意外にも自己肯定感は低かったのだろう。
「昔は自分にも厳しかったですし、他人にも厳しかった。でも、今は他人にはかなり優しくなれたので、自分に優しくしようとしていますね。妻には『とにかく自信を持って』『自分に優しくしてやって』って、今でも言われます。『最後は自分だよ』って。自分でもそうだと思っているんですけどね。でも、最近はいい感じになってきているんじゃないかなと思います」
人として懐の深さが増してきたことで、いち野球人としてもまた「誰かのために」を実践する余裕が生まれてきたようだ。
「チーム内でもピッチャー陣に色々話をしたり、トレーナーの方々ともコミュニケーションを取って何がいいのか意見交換をしたり。ピッチャーとしてだけではなく、チームメートとしても少しはマシになってきているのかなって思います(笑)」
今年のWBCでは、若手投手陣に知識と経験を惜しみなく伝える「ダルビッシュ塾」が広く報じられたが、面倒見の良さは以前から備える長所でもある。「あまりそこは変わってないと思います。今回はたまたまWBCということで注目されただけですよ」。そう照れ笑いするが、投手として人として、深みを増した今の姿を象徴するシーンだったと言えるだろう。
成長のため「自分を疑わなければいけない時もある」
傍目からは順風満帆な野球人生に見えるかもしれない。だが、日米通算200勝まで4勝に迫る今に至る道のりは、試行錯誤と自問自答を繰り返す歩みでもあった。
「成長するためには、自分を疑うことも必要。よく『自分を信じろ』って言いますけど、褒めてばかりでも次には進まない。だから、自分のことを責めなあかん時もあるし、疑わなければいけない時もある。苦しいけど、そうしないとなかなか考えないじゃないですか。責めて、疑って、考えてきたから今の自分があるけれど、同時にすごいストレスもあるから精神衛生的には良くない。寝る前に反省を始めると終わらないので、最近は責めずに褒めて寝るようにしています(笑)」
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円熟味を帯びるということは、決してエッジを欠いたり現状に満足したりすることではない。さらに大きく成長するために、土台となる幹がより太さを増し、根がより深く張り、安定感を増すことに近いだろう。
「まだシーズンは残っていますけど、今からオフシーズンをどう過ごすべきか考えています。ここから先が本当に楽しみだなって」
パドレスとの契約は2028年、42歳の年まで続く。この先、どんな成長・進化を遂げるのか。円熟期に入ったダルビッシュが楽しみだ。