セカンドキャリアでも欠かせぬ“負けん気” 新垣渚氏と経営者が考えるアスリートの強み
新垣渚氏のセカンドキャリアは「野球振興の部署で働かせていただいています」
近年のスポーツ界で課題の1つとされるのが、選手のセカンドキャリアだ。現役生活を終え、現役時代よりも遥かに長い第二の人生でどんなキャリアを描くかは、多くの選手が頭を悩ませるところだ。実際に日本野球機構(NPB)が若手選手に行ったアンケートでも全体の38.5%が引退後の生活に「不安がある」と回答している。
球団として選手のセカンドキャリア支援に力を注ぐソフトバンクの球団OBと企業経営者がセカンドキャリアを考える連載の第3回は、山口県長門市に本社を置く水産練製品製造業「フジミツ株式会社」の藤田雅史代表取締役社長とホークスの野球振興部で働く新垣渚氏が選手のセカンドキャリアとアスリートの強みについて考えを語り合った。
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藤田雅史社長(以下、藤田)「新垣さんは今おいくつですか? 引退してからはどんな仕事をされているのでしょう?」
新垣渚(以下、新垣)「42歳になりました。ホークスはセカンドキャリアにも力を入れてくれていまして、僕は引退後、野球振興の部署で働かせていただいています。コーチングの勉強をしながら、子どもたちに野球を教えています。現役時代は野球しかやってきていなかったので、引退してからが大変だっていうのは常に感じていました。そこを理解して行動するっていうのも最初はなかなか難しかったですね。どうしてもプロ野球選手っていう変なプライドが邪魔してしまっていた。プライドが邪魔しなければ、頑張れるっていうのを感じています」
藤田「普通のサラリーマンと違って、普通の人が経験できないことを経験されてきている。それは、これからのセカンドキャリアでも生きると思います」
新垣「それが強みだとは思います。頑張ってやってきた結果、少しは皆さんに名前を知ってもらっている。そこはうまく活用していかないともったいないのかなって思います」
藤田「子どもたちがどうすれば新垣さんのようになっていけるのか、夢をつかめるのかっていうのをまた伝えていく上で、経験というのは生きてくると思いますね」
社会人に求められる経験の“理論化”、新垣氏は「あまり得意ではなくて」
藤田「弊社はかまぼこなど、水産練製品製造の会社ですが、世襲なんですね。私自身、会社を継ぐんだろうな、と思いながら、大学卒業後に親父に言われて、自衛隊の幹部候補生の学校に行きました。そこで幹部たる者はどういう行動をしなきゃいけない、どういう考え方をしなきゃいけない、というのを徹底的に叩き込まれました。その後、アメリカのシアトルに9か月留学して帰国し、この会社の工場長になりました」
「工場長として従業員の残業を減らすように、自分でいろいろと考えて生産計画を変えたりして、残業を減らすことに成功したんですよ。その後は営業をやって、取引先を開拓したりもして、親父の後を継いで社長になった。今年で62歳になりますが、最近は自分の経験を理論化して部下に伝えていくということをやっています。新垣さんも、人にはできない貴重な経験をお持ちなんで、それを理論化していくと、真似できるところがあったり、参考にできるところはあったりするんじゃないかな、と思いますね」
新垣「経験を理論化して、具現化することってものすごく大変で難しいですよね。そこを勉強していかないと子どもに伝わらない。そういうことをできる人はやっぱりいます。今、投手コーチをしている斉藤和巳さんは、やっぱりある程度自分の頭で考えて、常にイメージして、それを理論化して話すことができる。和田(毅)もそう。僕は元々、感覚派だったんで、そういう理論とかそういうのがあまり得意ではなくて。どうしても調子の良い悪いがはっきりしすぎていました」
「経験を理論化していかないといけないんだなっていうのは引退して初めて気付いたこと。自分のやってきたプライドがどうしても邪魔になっていました。でも、今後、そうやってうまく伝えられるようになっていかなきゃいけないなと思う。藤田社長が理論化をしているとお聞きして、いかにうまく伝えるかっていうのは、やっぱり勉強していかないといけないと感じました」
経営者として人材に求める素養は「挨拶」と「マイナスの部分を伝える」
新垣「藤田社長が経営者として採用する人材に求めたい資質はどんなものですか?」
藤田「いくつかポイントはあるんですが、やはり挨拶を大きな声でできる人、自分の失敗談とかマイナスの部分をはっきり伝えることができるところですね」
新垣「マイナスの部分を伝えられる人ですか?」
藤田「自分をアピールするというのは、誰しも面接とかであるんですけど、こういうところが足りない、こういう失敗をしたからこう改善しようとしていますって、マイナス部分を自分ではっきり言えるような人というのは信頼できるんです。あとはきちんと自分のビジョンとかプラン、どういう仕事をしてみたいかをはっきりと答えられる。明るく元気があって、表裏なくマイナスの部分もしっかり話すことができる、そしてビジョンをしっかり持っている、こういったところですね」
新垣「挨拶、礼儀というのは、人として、スポーツ選手として当たり前のことだと思います。人間として当たり前のことをできもしないのに、プロ野球選手、スポーツ選手というのは違う。少年野球の頃に、技術を習う前にまず挨拶というのは徹底していましたね。今はなかなかそういう指導っていうのは、ご時世的に難しくなってきたというのがあるんですけど、子どもたちと接する中で挨拶とか当たり前のことをうまく伝えていきたいと思ってやっています」
「企業経営をする中で、アスリートの採用に関心はおありですか?」
藤田「もちろんあります。トップアスリートとして活躍した人とか、東大を卒業した人というのは、やはり尊敬できるところがあります。何かを犠牲にしないとそうはなれないですから。東大に入るような人は高校時代、休む時間を削って我慢して勉強に打ち込んでいる。アスリートもそう。何か自己犠牲を払っているから、その道に行けている。若い時代に楽な道に走らず、そういう自己犠牲を払って、目標を達成した経験というのは、どんなところに行ってもすごく活きてくると思うんです」
新垣「僕らの強みというのは精神力とか礼儀、小さい頃から叩き込まれてきたものだと思います。アスリートは少なからずネームバリュー、価値というものが絶対にあると思っています。活躍してきた人はそのまま自分のネームバリューを上げて頑張ればいいと思うし、そこまでバリューのない人たちでもチャンスはいっぱいある。プロにまでなった人には全員に価値があると思いますし、自分たちのことをアピールしていけばいいのかなと思います」
会社もプロ野球界と同じで勝負の世界「負けん気が強くないと」
藤田「私はプロ野球選手であったり、サッカー選手、ラグビー選手、アスリートとしての経験を積んできた人にはすごく興味があるんです。というのも、我々だけに限らず、仕事というものは毎日が競争、つまり勝負なんですね。営業をしていても他社と競合しながら、お客様に選んでもらったら勝ち、選んでもらえなかったら負け、です。お客様との商談もそう。自分たちが売りたい商品と価格と、お客さんが欲する商品と価格は必ずしもイコールになっていない。できるだけ自分たちの求めるところに近い線で商談を決める、これも勝負ですよね。お客様との勝負だし、ここにも駆け引きがあります」
「アスリートもそうですが、負けん気が強くないといけないというのはベースにありますね。勝負に対して“負けてもいいや”と思っていたら、それなりの結果しか出ない。負けたくない、必ず結果を出したいっていう強い気持ちで挑むから結果が出ると思います。我々のようなビジネスの世界もそう。どんな仕事でも、どんなポジションについても、そういう気持ちを持ってやると目標を達成できる確率はぐっと上がる。そういう意味でアスリートの採用、人材にすごく興味があるんです」
新垣「僕らは本当に野球しかしていなかったんで、全てをイチから覚えるっていうのはものすごく大変でした。でも、僕はそれが楽しかった。しんどいですよ。でも、しんどいと思ったら何もかもしんどくなるし、それが自分の糧になって力となって、全てがいい方向に行くってポジティブに捉えれば、先は明るいと感じました。若くして引退する子たちには次の世界で成功して欲しいなって常々思います」
藤田「先ほど申し上げたように、何かを犠牲にしないと1つの物事には集中できないと思うんですね。特にプロの世界は。高校球児でさえいろいろ犠牲にしているものがあると思うんです。ましてやプロになるともっとですよね」
現役生活中に意識しておくべきポイント「自分の強みは何か知ること」
――現役の時にセカンドキャリアのことを考えることはできるものでしょうか。
新垣「それは難しいと思います。僕らのようにある程度、歳を取ってからの引退となると、もうそろそろ引退かな、というのは分かるんです。若い時に引退する先輩たちの姿をずっと見てきて、こういう時にクビになるんだな、こういう時に引退するんだなっていうのを、10年以上見ているので、流れというか雰囲気というかが分かる。そういう時になったら、ちょっとは考えられるかもしれません」
「でも、1年目や2年目、3年目でクビになる子がそういうことを考えられるかっていうと、それはちょっと難しいと思います。そういう子たちは1軍で頑張るために、PayPayドームでプレーするために、一生懸命、野球だけに人生を費やしてきているので。でも、僕はそれでいいと思います。だって、そうしないと生き残れない世界なので。毎年、10人、20人とクビになって、入れ替わりがある世界なんで」
「そういう子たちに僕が言えるとしたら、野球に対してだけでなく、それ以外のところでも、常に頭をフル回転させておくこと。野球だけの頭も大事だけど、全てのことに対して考える力というのが大事かなと思うんです」
藤田「プロの世界で芽が出なかったとしても、いろいろなものを犠牲にして、厳しい勝負の世界でやってきているわけですから、一般の人にはできない経験を間違いなくしている。その経験の中で得た自分の強みは何かを知ることが大事だと、私は思います。人は自分の弱みってよく見えるんですけど、自分の強みが何かあまり見えていない。そこを考えて、自分で意識して強くしていくことはとても重要です」
「例えば、コミュニケーション能力が高くて誰とでも分け隔てなくコミュニケーションを取れたとする。これはこれで、すごく大事な能力。社会に出ても必要な部分だと思いますし、自分の強みをしっかり意識して、それを生かせるような仕事を見つけていく、また仕事を見つけた中でもその能力を十分に発揮する。意識しないと、なかなか自分の強みって見つからないと思うので。アドバイスできるとしたらそういうところかなと思います」
「あとは自分がずっと努力してきたこと、やってきた経験というのを理論化すること。人に何か自分の経験を伝えるときに理論化して伝えると伝わりやすいんです。これはトップ選手でなかった人でも、なぜ自分がトップになれなかったのか、というのを自分で知るという意味で、理論化して伝えていくと、相手の理解度がすごく深まる。その人のことをよく理解できるようになる。そこは大事かなと思いますね」
○フジミツ株式会社
山口県長門市に本社を置く水産練製品製造会社。1887年に蒲鉾製造業として創業。1964年に大阪、東京へと商品の出荷をはじめる。1988年に食品衛生優良工場として厚生大臣表彰、1990年に食品産業優良企業として農林水産大臣表彰を受ける。2002年に藤田雅史氏が代表取締役に就任。2007年に「藤光蒲鉾工業株式会社」から「フジミツ株式会社」に社名変更。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)