「チャンスは平等じゃない」 捕手は“特殊”…専門性届ける侍J社会人代表の動画発信
日本通運で9年目…31歳のベテラン捕手・木南了がSNS発信に込めた想い
社会人野球の門を叩いて9年目。所属する日本通運ではチーム最年長になったという木南了捕手は今年、2018年以来5年ぶりとなる侍ジャパン社会人代表に選出された。10月1日から中国・杭州で開催される「第19回アジア競技大会」で悲願のアジア制覇を遂げるためだ。
社会人代表自体、年齢制限のないフル代表で臨む国際大会は、2019年の「第29回 BFAアジア選手権」以来となる。代表チームを率いて7年目を迎える石井章夫監督は、24人のメンバーの中に31歳ベテランの経験を加えた。
抜群のコミュニケーション能力を生かし、投手の持ち味を最大限に引き出すリードが魅力。投手からの信頼も厚く、面倒見もいい。そんな社会人野球を代表する捕手が2019年にSNSアカウントを開設以来、積極的に行っているのが捕手の技術練習やトレーニング方法などを伝える動画の発信だ。
きっかけは、帝京大時代にお世話になったコーチからの依頼だった。同じく捕手としてプレーする高校生が色々と悩んでいるから、食事でも行って話を聞いてやってほしい―。「もちろん、いいですよ!」と快諾し、悩める高校生から話を聞いてみると、それまで気付かなかった捕手の特殊性に気付いたという。
「その高校には捕手コーチがいなくて、まずどういう練習をしたらいいか分からないし、自分がどのレベルにあるのかも分からないって言うんです。改めて考えてみると、確かに捕手はすごく専門性の高いポジション。少し大げさに言えば、捕手のことは捕手にしか分からないから、経験のない人が教えるのはなかなか難しい。意外と、その高校生と同じ状況にいる人は多いのかもしれないと気付いたんです」
動画制作を通じて進んだ…自分の思考の再整理
そこでまずは、悩める高校生に対して「僕はこういう練習をしているから1回試してみたら?」という感覚で練習動画を渡した。そして、高校生からは練習を実践する動画が送られてきて、木南が見て気付いたポイントをアドバイスする。そんなやりとりを繰り返すうちに、SNSでの発信も始まった。
「僕自身、プロではなく社会人野球の選手なので、最初は少し抵抗があったんです。プロに対してリスペクトがあるので。でも、意を決して発信を始めたら、色々な方から声を掛けていただくようになりました」
そのほとんどが「参考にしています」「役に立ちました」というポジティブなものばかり。大学生とオープン戦や練習試合を行う時にも「実際に聞きにきてくれる選手もいます」。反響の大きさに「インターネットの世界は凄いなと思いますし、思い切ってやってよかったと感じています」と笑顔を浮かべる。
誰かに伝える目的で動画の撮影を始めると、思わぬ副産物も得ることができたという。
「始めてみると、自分の思考の再整理になるなと。改めて自分が練習で意識していることを考えると自分自身との会話にもなりますし、頭の中にある感覚を言語化することが意外と得意だということにも気付きました。おかげで動画を中心としたコミュニティも広がりましたし、自分にはプラスになることが多いですね」
SNS発信を通じて本当に伝えたいメッセージとは
細かなキャッチング技術はもちろん、シーズン中やオフシーズンに行っているトレーニング方法など、これまで制作した動画は数え切れないほどだ。同じポジションに挑む“仲間”たちの手助けになればと思う一方、発信する動画を通じて伝えたいメッセージもある。
「大前提として分かってほしいのは、基本を積み上げることの大切さなんです。自分は高校、大学、社会人と、どのカテゴリーでも1年目からレギュラーになれたことはない。特に社会人では1年目からレギュラーを獲るつもりで入ったのに、守備でつまずいて、1年間まったく出られませんでした。2年目の途中に正捕手が怪我をしたタイミングで、なんとか結果を出してレギュラーになることができた。この結果を出せた要因は、試合に出られなかった期間に繰り返した守備の基本練習のおかげだと感じているんです。あの準備期間や過程があったからこそ結果が出た。そこに自信を持って今までやってこられました」
千葉経済大学附属高から帝京大へ進み、社会人野球の名門・日本通運へ入社。その後は社会人代表に選ばれるなど、傍からは順風満帆のキャリアを送ってきたように見えるが、「決してそうではない。ずっと成功している人なんて絶対にいないと思います」と続ける。
「自分にチャンスが回ってきた時、自信を持って臨めるくらい積み上げた何かがあるかないかは、その人にとってすごく大事だと思うんです。結果が出ても、積み上げたものがなければ、それはたまたま。積み上げた過程があるから成功体験となって、また次に向かって頑張れる。しかも、チャンスって平等に巡ってくるものではないと思うんですよ。周囲の期待次第でチャンスの多い、少ないが出てしまうのは仕方ないこと。ただ、少ないけどチャンスはある。その時に積み上げてきたものがある人ほど、チャンスをつかみ取れる可能性が高い。粘れる力、チャンスを掴み取る力は、そういう過程から生まれる。僕は自分の経験を持って、そう言えます」
一時は「自分の結果が不甲斐なかった」ために社会人代表の選外となることもあったが、再び積み重ねる作業を繰り返して5年ぶりの代表入りを掴んだ。有言実行の人、木南が発信に込めた想いは、きっと多くの人に届いているはずだ。
(佐藤直子 / Naoko Sato)