ぶっ倒れながら3連投 忘れられぬ決死の大会…ボロボロの高2右腕が感謝した“魔法の薬”|球界群像 上原晃#5
元中日の上原晃氏【写真:山口真司】上原晃氏は栽弘義監督との“風呂場談義”からフォーム修正…復調した
元中日投手の上原晃氏は沖縄水産高校2年時の1986年、エースとして春夏連続で甲子園に出場した。1年夏の甲子園での鹿児島商工(鹿児島=現・樟南)との3回戦で痛恨のサヨナラ暴投。その悪夢から立ち直ったが、決して順風満帆だったわけではない。2年夏の沖縄大会では準々決勝に勝利して「ミーティング後に倒れてしまったんです」。そんな状況下で、準決勝、決勝と3連投で勝ち上がった。その裏には「魔法の薬」効果があったという。
1年夏の甲子園3回戦で自らのサヨナラ暴投で敗戦。その翌日、沖縄水産の先輩たちが観光を楽しむ中、栽弘義監督と上原氏の2人は新人戦のために沖縄に戻ったが「興南高校に打たれて負けました」とボロボロ状態だった。そこから調子を取り戻すきっかけになったのは「どこだったかの遠征先で栽先生と風呂場で話して、ちょっとノーワインドアップにしてみようって。そしたらフォームのブレが少なくなって、コントロールが良くなったんですよ」。
そのまま1年秋の沖縄大会に突入し、決勝で興南に6-4でリベンジ。上原氏は11安打を許しながらも気迫の完投勝利だった。「興南に勝たないといけないって気持ちだったんでうれしかったですね。この頃からスライダーも投げていたと思う。まだ完全じゃなく、大会中に覚えながら試行錯誤しながらだったですけどね」。九州大会も準優勝で選抜出場を確定させた。1年夏の悪夢の後も苦しんだが、何とか乗り越えた。
高2夏は沖縄大会準々決勝後に倒れるも点滴で復活…3季連続甲子園をつかんだ
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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