甲子園で2年連続の“屈辱”に「ふがいない」 37年前の悪夢…打ち砕かれた自信|球界群像 上原晃#6
元中日で活躍した上原晃氏【写真:山口真司】1986年夏の甲子園…エース・上原晃氏を擁する沖縄水産は松山商に敗れた
2年連続屈辱の夏だった。元中日投手の上原晃氏は沖縄水産の2年生エースとして、1986年の夏の甲子園のマウンドに上がった。1年の夏はサヨナラ暴投で涙したが「スライダーもしっかり覚えたし、これまでとは違って、いけるぞと思って、自信を持っていった大会だった」。しかし、待っていたのは、またも悪夢だった。準々決勝の松山商(愛媛)戦にサヨナラ負け。「今も自分の中ではふがいなかったという気持ちが残っています」と唇をかんだ。
1985年の1年夏の甲子園は背番号「11」でリリーフ登板し、サヨナラ暴投で鹿児島商工(鹿児島=現・樟南)に3回戦で敗れた。1986年、エースとして臨んだ2年春の選抜は上宮(大阪)打線から10三振を奪ったものの1-3で1回戦負け。悔しい結果が続いたが、3度目の甲子園となる2年夏は手応えがあったという。春からの自身の成長もあったし、味方打線が好調だったこともあった。「優勝旗を取りに行く大会と思っていた」ほどだ。
実際、沖縄水産は聖地で強さを見せつけた。初戦の帯広三条(北北海道)との2回戦は12-1。3回戦も京都商(京都)に6安打完封の14-0。沖縄では悲願の甲子園初優勝への期待感も高まった。だが、甘くはなかった。準々決勝で松山商に3-4で敗れた。8回表終了時点では沖縄水産が3-1でリードしていたが、8回裏に上原氏の暴投もあって、追いつかれ、9回裏にサヨナラ負けを喫した。
準決勝と決勝のダブルヘッダーで2試合連続完投勝利
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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