「わかっていたのに」投げた変化球 高卒1年目で流した涙…35年後も悔やむ痛恨被弾|球界群像 上原晃#9
1988年の日本シリーズ第4戦、西武・清原和博に本塁打を打たれた中日・上原晃(左)【写真:共同通信社】上原晃氏は1988年、高卒1年目で鮮烈デビューも徐々に下降線をたどった
悔しくて泣いた……。元中日投手の上原晃氏は1988年、入団1年目の後半に1軍昇格。セットアッパー的な存在で、ドラゴンズのセ・リーグ制覇に大きく貢献したが、西武に1勝4敗で敗れた日本シリーズは苦い思い出しか残っていない。西武球場(現ベルーナドーム)での第4戦で清原和博内野手にホームランを浴びたことは「よく覚えています」。試合後のミーティングが終わり、宿舎の部屋に戻った途端、涙が止まらなかったという。
プロ1年目の上原氏の成績は24登板、3勝2敗1セーブ、防御率2.35だったが、残した数字以上に、その活躍ぶりは際立っていた。全身をフルに使った躍動感満点のフォームで150キロのストレートをバンバン投げ込み、相手打者に向かっていく。チームにいい流れも与えていたのだろう。ビハインドで上原氏がリリーフ登板すると、打線がひっくり返すシーンも目立ち“上原が投げると負けない”と言われた時期もあった。
後半戦からの上原氏の加入が中日にさらなる勢いをもたらし、リーグ優勝したことで「Vへの使者」とも言われたわけだが、シーズン終盤の9月中旬頃から状態は決して良くなかったという。「疲れは関係ないんですけど、それとは別に、ずっと勢いで行っていた中で、徐々に思い通りにいかなくなっているなって感じがあって」。ずっと0点台だった防御率は、17登板目の9月15日の大洋戦(ナゴヤ球場)に1/3回を2失点で1点台に。22登板目では2点台になった。
元中日・上原晃氏【写真:山口真司】日本S第4戦で清原和博氏に被弾…宿舎で涙を流した
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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